2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第11回 土佐先生 6月29日 5/7
韓国~祖国の幸福と個人の幸福
4.近現代の歴史的変動と個人の幸福
近代に入ると、先ほどの消極的な幸福観は一見なりを潜めて、積極的な幸福観が台頭してきます。韓国は非常に目覚ましい経済発展を遂げ、豊かで強国になっていくわけです。しかし、その道筋は非常に波乱に富んでいたということを想起していただきたいのです。ごくごく、荒っぽい年表を参考までに挙げておきました。まず、1910年に日本によって植民地支配をされ、45年に解放されます。そのことを、韓国では「光復」と言いますね。光がまた蘇る。



私の今日のタイトルは、「国家の光復と個人の幸福」という半分駄じゃれみたいなものですけども、韓国語では全然しゃれになりません。韓国語では光復は「クァンボック」、幸福は「ヘンボック」です。光復が1945年。大韓民国が生まれたのは48年です。しかし、まもなく北朝鮮と大々的な戦争が始まります。1950年に朝鮮戦争が始まり、国土が荒廃する。
1965年に、日本側で「日韓基本条約」と呼ばれているものが結ばれて、日本と国交が回復し、その後は、アメリカと日本の資本や技術が導入されることで、非常に目覚ましい経済成長を果たしていきます。
しかし、それはストレートな道というよりは、いわゆる軍事独裁政権による非常に強圧的な支配の中で実現していったので、社会的にいろいろな軋轢が生まれました。その中で一番ひどかったのが、1980年の光州事件です。中国の天安門事件に比肩される出来事で、軍隊が市民に発砲して、多数の死傷者が出ました。
そういうこともありましたけども、韓国は基本的には目覚ましい経済成長を遂げて、88年にオリンピックもやり遂げました。
92年には中国とも国交を樹立して、それまでは主に日本とアメリカだけとの関係を通じて世界とつながっていたのですけども、それ以降は旧社会主義圏とも関係を広げていって、今のグローバル化を積極的に進めていく韓国があるということです。
これは、1人当たりのGDPです。ここで注目していただきたいのは、北朝鮮のほうは正式の統計がないのであくまで推測ですが、1人当たりのGDPは、1970年代前後まではほとんど差がないのです。どちらかというと、北朝鮮のほうが国づくりとしてしっかりしていた。日本の植民地時代は、重工業地帯はどっちかというと北朝鮮のほうにありましたので、本当は向こうのほうが発展するという意味ではいい条件に恵まれていましたよね。韓国は農村地帯で、非常に貧しい時期がありました。そういう中で、65年に日韓基本条約を結んで、そこからですね。70年代以降、韓国は驚異的な成長を遂げてきたということです。