2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第11回 土佐先生 6月29日 6/7
韓国~祖国の幸福と個人の幸福
人々の生活も、70年代になると高層アパートの時代に入っていきます。伝統的な家屋を捨てて、みんなが高層アパートの中に入っていって、西洋式のライフスタイルになる。今までのように地べたに座る、あぐらをかくのではなくて、いすに座る生活ですね。リビングやキッチンがあって、家具や家電製品がだんだん入ってくる。
非常に複雑な過程を単純化してお話ししていますけども、解放後の韓国の変化というのは、一口で言いますと、国家主導の開発、発展です。よく言う開発独裁という言い方は、もともとは南アメリカの政権を表すのにつくられた言葉ですが、アジアのシンガポール、台湾、インドネシア、マレーシア、そして韓国などがこれに当てはまります。この軍事独裁政権が、非常に強権的な手法で国家を1つの方向に向けて動かしていく。そのときに、大衆は無理やり従っていったというよりは、大衆自身が持っていた欲望というのですか、より豊かになりたい、もっといい生活をしたいという欲望とうまくかみ合っていたという部分が少なくなかったと思います。
教育熱もそうです。国家が成長のために人材が必要となるわけですが、それは国家の押しつけの結果というよりは、大衆の自発的競争となってあらわれます。人々が本当に人材を喜んで提供してくれるというか、朝から晩まで受験にそなえた努力は日本の比ではない。昔は日本人のほうがよく勉強していたと言われますけども、今は全然、足元にも及びません。子どもは朝家を出ると、お弁当を2つ、3つ持っていくと言われます。夜中まで帰ってこない。学校が終わったら塾、塾の後はまた勉強だと、10時11時にならないと家に帰ってこないというような生活をするのが普通です。国民と国家がタグマッチを組みながら、そういう過熱状態の経済成長を今でも続けているのが韓国ですね。
そういうあり方がここに来て、転換点を迎えようとしている。日本でもバブルがはじけて反省が起きたように、韓国でも当然そういうものに対する反省が今起きている。国が豊かになるということは、本当に個人が豊かになることにつながったか。これは、日本人にとっても非常に耳の痛い言葉だと思います。韓国でも、そういう問い返しが今来ています。

5.映画に見る幸福のかたち
時間がなくなってきたので、映画の例を出して締めくくりたいと思います。近代国家建設や急激な経済成長にたいする反省作用として、映画が大きな参考になります。これから紹介する映画は、良心的でマイナーな映画というわけではなく、韓国の歴代興行成績ベストテンというのがありますが、そこにランクインしているような映画です。



ベストテンは外国映画も含めた結果で、1番の「アバター」というのは皆さんもご存じだと思いますけども、アメリカ映画です。それ以外は、すべて韓国映画です。日本でも韓流とか「Kポップ」と言っていますけど、そういうものと関係なしに、今韓国映画は非常に脂が乗りきっている時期です。
ところが韓国映画のほうは、日本ではそこまでブームになっていないのが、非常に残念なところです。非常に水準の高い映画がたくさんあります。水準が高いだけじゃなくて、大衆的といいますか、みんなが見て面白いのが今の韓国映画の素晴らしいところです。日本映画は、そこのところが分かれてしまいました。ポケモンみたいに非常に大衆性のあるものと、芸術性があって国際映画祭などで賞は取るけど、少数のマニアしか見ない映画と完全に分かれてしまっています。韓国映画はそうじゃなくて、芸術性もあり作品性も高い映画が、同時に国民的な大ヒットになるところが面白いところだと思います。
ここの中でまず「ブラザーフッド」と「シルミド」をご紹介したいと思います。
「ブラザーフッド」は、朝鮮戦争を舞台にした映画です。フィクションですが、大部分が史実に基づくドラマです。ここで注意していただきたいのは、物語のパターンです。「ブラザーフッド」という題名が示していますが、2人の兄弟が非常に貧しいけれど幸せな生活を送っていたときに、突然朝鮮戦争が勃発して、まず兄が強制入隊させられる。兄を追って、弟も軍隊に入っていきます。軍隊の中で苦労しながら兄と弟は助け合うんですけども、そのままでは家は途絶えちゃいます。血筋を確保するために、弟だけでも何とか除隊させようと、そのためには自分が英雄になることが最も近道だと考えた兄は、非常に危険な任務を進んで引き受けていくんですけども、そのうちそういうことが高じていって、だんだんと人を傷つけたり殺したりすることが快感になっていってしまうのです。あるい名誉欲の虜になっていって、人間性がおかしくなっていってしまうという映画です。