2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第11回 土佐先生 6月29日 7/7
韓国~祖国の光複と個人の幸福
「ブラザーフッド」は、それまでの興行成績を塗り替えて国民的な大ヒットになりました。ちょうど韓流ブームだったので鳴り物入りで日本にも来ましたけども、全くといっていいくらい受けなかった。
次が「シルミド」で、これも歴史的な実話をもとにした映画です。1971年、まだ北朝鮮と激しく対立しているときに、北朝鮮を暗殺するという計画が秘密裏に立てられます。そのために31名の死刑囚を集めて、シルミドという名前の、今の仁川空港の近くにある小さな島に集めて特殊訓練を受けさせ、金日成の暗殺を狙いました。
3年ぐらいの非常に過酷な訓練を経て、殺人マシンをつくり上げていくのですが、その訓練が終わったころに、南北関係が融和の方向に向かったため彼らの存在そのものが今やものすごいタブーになり、抹殺されることになった。彼らはそこから脱出して、バスを奪って、ソウルに向かって政府に対して復讐しようとするのですけども、途中で韓国正規軍と対峙して、交戦し、最後は自爆したという話です。
これは、ほとんどが実話です。こういうことが本当にあったということ自体が衝撃の話です。ただし、死刑執行を猶予する引き替えに志願兵を集めたというのが映画の設定ですけど、さすがにそこまではなかったみたいで、お金で釣って集めた。でも、結局はみんな殺されてしまうというのは本当の話です。
それ以外にも、20位まで見ていくと、現代史の実際あった事件をそのまま取り上げている映画が結構たくさんあります。14位に、先ほどもちょっとお話ししました光州事件を題材にした「光州5・18」が入ってます。
主人公は兄と弟の2人暮らし。貧しくて、しかし幸せな生活を送っていた。光州事件というのは、要するに全斗煥という軍人が大統領になるためにつくった事件です。朴正煕が暗殺され、自分が権力を掌握していく過程でつくり出した事件で、光州で反政府運動が起きているということを口実に国中を恐怖に陥れて、それを鎮圧するドラマを演出することで自分が大統領になっていくというものです。
光州だけではなく、そのときには各都市に戒厳兵がいました。実際に市民に向けて発砲したのはここだけです。怒った市民たちが同庁を占拠して、そこに籠城するわけですね。光州市を封鎖した戒厳軍は最後は戦車まで持ってきて、激しい戦いを繰り広げた挙げ句、多数の死傷者が出るという非常に悲劇的な事件です。
これは市民たちの暴動だというのが当時の軍部の弁明でしたけども、その後真実がだんだん明らかになってきて、今では光州民主化運動というような呼び方がされています。それを2007年に映画化したものです。
実はこれ以外にベストテンに入っている映画の少なからぬ部分が、フィクションですけど、同じような説話構造を持っています。来週またご紹介しますが、大きな権力によって自分の生活が破壊されていくという同じ設定が共有されています。
韓国には「恨(ハン)」という言葉があります。「ハン」というのは強者が弱者を虐げるときに、弱者が強者に対して抱く感情のことです。恨みと似ていますけども、それとちょっと違うのは単に怨恨ということではなくて、同時に強者に対するあこがれとか鬱屈した怒りもある、そういう複合的な感情のことを「ハン」と言います。「ハン」をそのまま放っておくと大変なことになるので、さっきのシャーマニズムの儀礼で解きます。どうやって解くかというと、あの世に送って浄化する儀礼をすることによって解くのです。これは韓国に特有の感情といわれていますけども、韓国人だけではなくてどこにでも見いだせる複合的な感情だと思います。要するに、ルサンチマン、権力に対する両価的感情ですね。
これが、ここで紹介した韓国映画に共通しているものです。どういうことかといいますと、実は大衆と国家というのはどこかで手をつなぎながら一緒に豊かになってきたという現実があるということを申しました。それの裏側に、国家なんか要らないというか、権力が横暴をふるう前は、私たちは貧しかったけども幸せな生活を送っていた、その幸せが、あるときに強大な権力によってぶち壊されたという捉え方もあるのです。強大な権力というときに、これはいろんなパターンがあります。国家、軍隊、あるいは伝統社会では両班(ヤンバン)と呼ばれる権力者でしたし、あるいは植民地時代だったら日本です。
どっちにしても、自分たちの生活のはるか彼方から大きな力がやってきて、自分たちの幸せを壊したという説話パターンがマイナーなジャンルではなくて、歴代興行成績ベストテンを占める映画のかなりの部分がそういうパターンだということです。これは非常に面白い事実というか、ある種の韓国人の幸福観を表している部分だと思います。
表面的には物質的に豊かになって幸せになったといえる部分はある。そこは誰も否定しないのですけど、その過程で大きなものを失ったという感覚ですね。それが、繰り返し繰り返し表現されているわけです。
来週は映画の話を引き継ぎつつ、日韓の若者についてお話ししたいと思います。