2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第12回 土佐先生 7月06日 1/6
日韓若者の幸福のゆくえ
1.国民的想像の相違
韓国と日本の大衆が考える想像力のかたちといいますか、どんなタイプの物語に人気があるのかということを知るために、それぞれの映画の興業成績ベストテンを比べてみたところ、かなり対照的な特徴が浮かび上がってきました。
韓国については先週少しお話しいたしました。まず、現代史における悲劇的な事件を扱ったものが多いということですよね。国民的な大ヒット作にもそういうシリアスなものが入っていて、目に付いたものだけを挙げますと、まず第4位の「ブラザーフッド」、これは朝鮮戦争ですね。「シルミド」っていうのは金日成暗殺計画という実際にあった事件をもとにした映画でした。
ベストテンからはちょっと外れますけれども、14位には「光州5・18」。これも韓国現代史を象徴する事件で、中国の天安門事件に比肩するものだというお話をしました。それと19位が「シュリ」です。この4つの中では日本で一番よく知られている映画だと思います。これはフィクションという設定ですけども、やはり南北対立という現実にある状況を反映した物語ですね。
いずれもが同じような説話の構造を持っていて、それまで貧しいかもしれないけども幸せに暮らしていた庶民の暮らしに、突然大きなパワーがあらわれてその幸せを踏みにじるというパターンが非常に目立つわけです。
現代史の過酷な経験が韓国人の歴史意識といいますか、価値観に強い影響を与えているということはしょうがないことなんですけども、一方で純粋なフィクションにも同じ構造が見出せます。先週のベスト10一覧で黄色い色でマークしてある部分です。1位の「アバター」はのぞいて、2位、3位、そして5位、これは全部フィクションなんですけども、今お話ししたような現代史の悲劇と同じ説話のパターンを持っています。3位の「王の男」は省きますけども、朝鮮時代に実在した燕山君の狂的な権力が、芸人の幸せを破壊するというやはり似たようなパターンになっています。
2位の「グエムル」っていうのは、韓国語で怪物という意味です。この「怪物」がもともとどうして生まれたかというところがミソで、米軍が毒物を漢江に流出させたことで、謎の怪物が生まれるという設定になっています。その怪物が、漢江の土手ベリでくつろいでいる人々を襲って食べ、パニックになります。主人公は、そこで小さな売店を営んでいるうだつの上がらないおじさんなんですけども、その娘が怪物によって連れ去られる。それを奪還するために家族そろって闘うという、そういう話です。
こういう映画が歴代の韓国映画の中で今のところ最大の観客動員数を誇っているわけです。このこと自体、かなり面白い現象じゃないかと思います。日本でいえば、「ゴジラ」という映画が、やはり高度成長に向かう時代に文明だとか開発に対する不安というものが背景になって生み出されるわけです。
こういうフィクションが、国民の大多数を引き付ける。先ほどの物語と同じようなパターンですよね。普通の、庶民のなにげない幸せをある日突然、正体不明の怪物がやってきて奪っていく。ただ、「ゴジラ」と違うのは、怖いんですけどもそんなに強くないというか、最後は家族ぐるみで闘いやっつけてしまう、その程度の怪物に設定してあるところが、現代史の悲劇的な事件よりはまだ人間的な物語に収まっているかもしれません。
もう1つ、やはりベストテンに入っている「TSUNAMI ツナミ」という映画もよく似てます。これは、海雲台という釜山の近くのリゾート地を舞台にした物語で、20年くらい前までは辺鄙なところだったんですけども、今は香港と見まがうぐらいに開発されている場所です。そこに巨大津波が襲ってきて、あっという前に全部崩壊してしまうという物語です。これは怪物でもないし、政治権力でもありませんけども、自然災害が人々の日常を破壊しにやってくるという、そういうパターンです。
日本ではああいう大きな津波が起こったばかりなので気楽に見れないというか、この監督も自分のフィクションが現実化したかのようなショックを受けたらしいんですけど、三災八難という世界観は、昔だけじゃなくて、現代人にも通じるものがあるわけです。

韓国社会はたしかに急激な成長を遂げたわけですけども、少なくとも映画という表現ジャンルを見る限り、そのことをストレートに誇る表現よりは、権力や大きな力によって自分たちの本当の幸せが奪われてしまったという、そういう想像力のパターンのほうがアピールしているということです。
この非常に特徴的なパターンを読み解く1つのキーワードが、「ハン(恨)」だということも、先週触れました。権力者が庶民の生活を破壊しにやってくる。あるときは天災かもしれないし、その後は近代化が進むに当たって、日本という権力であるかもしれないし、アメリカという権力でもあるかもしれないし、解放後はもっぱら軍事政権っていいますか、自分たちの政府がそういうことをするかもしれない。そういう絶対的なパワーが弱者の生活、幸せを奪う。それに対する弱者の側の感情を一言でいうと「ハン」だということになります。韓国人固有の情緒だという人もいますけども、必ずしもそう考える必要はなくて、どこの社会にも共通したものがあると思います。しかし、そういう視角から歴史を解釈する傾向が韓国人にとりわけ強いということも、また否定できません。
ハンを克服する道は現実には奪われていますから、ある種の象徴のレベル、儀礼のレベル、あるいは想像力のレベルにしかないということで、伝統的な文脈では先週お話ししたシャーマニズムの儀礼がそれに当たります。
そのとき、日本語では恨みをはらすという言い方をしますけども、韓国では「ハンを解く」という言い方をします。解くはプリといい、「ハンプリ」というシャーマニズムの儀礼があります。これは具体的には恨を抱いた死霊をなだめてやって、極楽浄土に送り出す儀礼です。極楽浄土に送り出すわけですから、仏教的な世界観、宇宙観というものが入っています。