2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第12回 土佐先生 7月06日 4/6
日韓若者の幸福のゆくえ
また、「私教育」の負担があります。日本でこういう言い方はあまり聞いたことがありませんが、公教育に対して私教育です。学校教育ではなくて、それ以外の塾とかを私教育と韓国では言います。受験勉強や英会話からピアノやテッコンドーまで、韓国は塾にとにかく夜遅くまで行かせますから、そういう私教育の支出比重は、やはりOECDの中では一番高い。GDPの中で韓国は2.9%を私教育に支出している。日本は1.5%。アメリカも高くて2.3%です。
最後に、生活に対する満足度ですが、これは非常に低い。23.1%です。日本は68.8%で、何でこんなに高いのかちょっと分からないですけども、OECDの統計ではそうなっているそうです。一番高いのはアメリカで、78.4%です。フランスもドイツも、なぜか韓国と同じくらい低い。そういうばらつきがあるということですけど、とにかくどの数字を見ても韓国は絶望的だというのを韓国人自身が盛んにいいますし、メディアを見るとこういう記事がよく出ます。
そうするとどうなるかというと、今年2月の記事によれば、韓国の会社員7割が移民したいと、こうなるわけです。これは、韓国の大手求職サイト「ジョブコリア」が932人を対象に行ったアンケート調査です。それによれば76.1%が移民したいと答えています。行きたい国の1位がオーストラリア。これは、大体昔からそうです。2位がスイス、3位は日本です。日本がこんなに上位に来たのは私はこの手の調査では初めて見ます。一般に英米圏の国に行きたがる傾向が強いです。
移民の理由として一番大きいのは不十分な福祉政策で62.5%。この種の調査では、一番高い比率で出てくるのは普通は教育問題です。その点も、最新の調査ではちょっと変化があるなという気がしました。
その次の理由としては貧富の差、深刻な失業率、過大な教育費。戦争に対する不安感というのもまだ18.2%あります。なかなか、やはり大変な社会だなというふうに思います。若者の層だけ見ると日本と非常に近いという現実が、気になるところです。
こういう現実をとらえて、「88万ウォン世代」という言葉が流行しました。もともとは2007年のベストセラーのタイトルです。経済学の教授とジャーナリストによる共著でした。さっきご説明したような若者の現実を象徴する言葉、数字として流行しました。
どういうことかといいますと、20代の非正規職の平均賃金が大体1カ月88万ウォンになるという計算だそうです。この数字は、韓国人にとってはソウルオリンピックの年、88年を連想させるいい響きなわけです。そういう意味では厳密な数字ではないんですけども、日本円でいうと月大体7万円ということですから、いかに物価の安い韓国でもこれだと貯金とかできないですよね。いわゆる、ワーキングプアになっている実情を具体的に示した本で、日本語にもなっています。
面白いのは、『生きさせろ! 難民化する若者たち』という本の同時性です。雨宮処凛という、見た目はギャルのファッションをした若い女性が、美大に入る前の浪人時代にアルバイトをしていて、そこからワーキングプアになっていったという経験を経て、若者の雇用問題というものを考えるようになり、いろいろな関係者にインタビューしてつくった本がこれです。これは2007年、先ほどの『88万ウォン世代』と全く同じ年に出ているんです。日本と韓国で、同じような現実が進行していることを表す1つの例だと思います。
この本の趣旨というのは、次の引用文に尽きていると思います。「闘いのテーマは、ただたんに生存である。生きさせろ、ということである。生きていけるだけの金をよこせ。メシを食わせろ。人を馬鹿にした働かせ方をするな。俺は人間だ。スローガンはたったこれだけだ、生存権を二一世紀になってから求めなくてはいけないなんてあまりにも絶望的だが、だからこそ、この闘いは可能性に満ちている。「生きさせろ!」という言葉ほどに強い言葉を、私はほかに知らないからだ」。
88万ウォン世代と似たような現実が、日本の若者の非正規職にもあり、非常に安い賃金で、劣悪な労働条件で働かされている。いつ首を切られるか分からない人が、今はすごく増えているということですよね。
幸福と絡めた部分も少し引用してみましょう。「自分が貧しくても、不安定でも、まぁアフリカなんかの飢え死にしているような人にくらべれば、だいぶマシだと思っていた。そうした、自分自身について、せめて幸福だと思えることが、とりあえず「先進国である日本に生まれた」ことくらいしかないのだ。...しかし、漠然としたその感覚は、「愛国」にさらりと搦めとられる」。
この人は自分自身が非正規雇用で貧しかったときに、最初は右翼に走るんです。靖国問題にかかわったこともあるんですが、労働問題にだんだん目覚めるうちに、「これは右翼ではおかしい」ということで途中で左翼に転向して、今は左翼のギャルとしていろんな本を書いて活躍中の方です。
貧しい、希望のない労働条件の中で生きている若者っていうのは、ちょっとしたことですぐナショナリズムとか、極右の動きに絡め取られやすいということがあるのかもしれないですし、自分自身は貧しくとも先進国日本という意識は捨てがたい。
同じ動きは韓国にもあります。サムスンみたいな世界のトップランナーが活躍する一方で、現実には若者の圧倒的多数がそういう動きからつまはじきにされて、絶望の中に閉じ込められているということがあります。