2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第6回 辻村先生 5月25日 2/4
西アジアの幸福な風景1〜葦船浮かぶナイルの河畔
今見ていただいた大規模な娯楽施設は税金でつくったものばかりではありません。都市の富裕な人々が、進んでお金を拠出いたしました。資料を見てください。ポンペイは、79年に起きましたヴェスヴィオ火山の噴火で、都市全体がタイムカプセルに包まれたように残っておりまして、町のそこここには、2,800もの落書きが残っています。本村凌二先生の『ポンペイ・グラフィティ――落書きに刻むローマ人の素顔』という本が出ております。この本から少し抜粋させていただきました。
「ルキウスの娘であり、女祭司であるエウマキアは自分と息子ヌミストリウス=フロントの名において、玄関、通路、柱廊を自費で建設し、コンコルディア=アウグスタとピエタス=アウグスタにこれを捧げる」。エウマキア、お金持ちだったのですね。それで公共建築物らしきところに、これを書いております。ただ、この公共建築物がいったい何だったのかは不明ですが、私的な建物ではありません。
「M=カセッリウス=マルケッルスは良き造営委員となり、大いなる公共見世物提供者になってくれる」。お金持ちが、公共建築物をつくるのに資金を提供する。でも、その裏には、「選挙で、私を応援してね」という、少しやましい気持ちがなくはなかったでしょう。この造営委員というのは、選挙で選ばれるので、多分、彼の支持者がこんな落書きをしたのでしょう。
「カサエル=アウグストゥスの御子ネロの終身神官D=ルクレティウス=サトゥリウス=ウァレンシスによる20組の健闘士の闘いと、彼の息子D=ルクレティウス=ウァレンシスによる10組の健闘士の戦いが4月8日、9日、10日、11日、12日にポンペイで開催される。公認の野獣狩りがあり、天幕も張ってあるだろう。アエミリアス=ケレルが月明かりで単身でこれを書く」
まるで、プロレス興行のポスターのようです。そのような興行は随分と多かったんですね。興行にかかわる費用も、終身神官と書いてありますから公共のお金ではなくて、こういった名士が提供していたということが分かります。
このほかにもいろんな落書きがあって、大変に面白いのです。中でも剣闘士対剣闘士、あるいは剣闘士対猛獣、これは生死を賭して戦う、凄惨な殺人シーンです。これに人々は熱狂しました。市民が剣闘士として出てくるわけではありません。奴隷が、生死を懸けて戦うのです。若者たちですから、結構格好よかったのでしょう。若い娘たちがそれぞれひいきの剣闘士に興奮して声援を送ったようです。
こうした公認の殺人ゲーム、殺人ショーを見て歓声を挙げる。そういう風潮を冷ややかに見ていた人もいなかったわけではありません。例えば、道徳家のセネカはこんなことを言っています。「悪徳が、快楽の道を通って忍び込む」と。生死を懸けるがゆえに剣士達の激しい闘いぶりに民衆の心はいや応なしに興奮するのでしょうが、一人になってみればセネカに言われるまでもなく、これが果たして幸せなのかと問い直すこともあったのではないでしょうか。
享楽的な生活のいっぽうで、牧歌的な生活への憧れを抱いていたことを示す絵が残されています。ポンペイの邸宅に残されたナイル河畔の風景画です。ローマの人たちにとって、ナイル河畔の風景は非常に異国情緒に富むものでした。ワニ。ゾウ、いえゾウのように鼻が長くないからサイでしょうか。説明にはピグミーと書いてあるのですけれど、子どものような背丈の人々がそれらの動物達と楽しそうに遊んでいます。凶暴な動物達ですけれど、のどかなナイル河畔の光景です。これはイタリアの国立博物館に入っているナイル河畔の風景を描いたモザイク画です。モザイク画というのは、色のついた小さな四角い石を敷き詰めてつくります。これは5メートル×6メートルぐらいあります。ナイルの上流からだんだん下流域の風景を描いています。上流には同じような動物達がいて、下流のデルタ地帯では船遊びや魚釣りをしています。このようなナイル河畔の風景というのは決して贅沢ではないけれど、何かしら幸せな気分を味合わせてくれます。ローマ人にとってもまた、そのような気持ちにさせる風景だったのでないかと思うのです。