2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第7回 辻村先生 6月1日 3/4
西アジアの幸福な風景2〜潺々と河水流れる楽園
前回お話しましたように、ローマのお金持ちの人々が社会のために公共施設を建て、娯楽興行にかかわるお金や資金を提供することは珍しくありませんでした。それは現代ヨーロッパでもノブレス・オブリージュ、高貴なる人たちの義務であると言われます。しかし、イスラーム教においては、貴族階級や大金持ちだけではありません。庶民も含めて、誰もが年収の2.5%を公共のために出しなさい。貧者には持っているものを与えなさい。わずかでも、少しずつ徳を積みなさい、と教えているのです。
そうやって徳を積んだ人が死後、天国に行けるのです。お手元のプリントをご覧下さい。「楽園に入る条件」を読んでみましょう。
「現世では金や銀の器で飲んではならぬ。錦や絹の衣をまとってはならぬ。それらは、来世にあなた方の物となろう。順境においても、逆境においても、主の贈り物を施しに使う者、怒りを抑えて、人々に寛容なる者をアッラーは愛でられる」
現世で贅沢三昧をした人のために、楽園があるのではありません。むしろ、貧しく、慎ましく現世で身を処した人にこそ楽園は開かれる、と教えています。何だか聖書を読んでいるような気がしますけれども、イスラーム教でもそうなのですね。
入った楽園はどうかというと、その下に書いてあります。
「一部のブロックは白い真珠で、一部のブロックは赤色のルビーで、一部のブロックは緑色の宝石でつくられ、壁は麝香で、床は真珠で、草はサフランで敷き詰められている。川が下を永遠に流れている楽園。天国の最も高い場所にわき出て、流れ下っている。腐ることのない水を讃える川。味の変わることのない乳の川。順良な密の川。二つの泉。川の水は汚れなく。腐敗もなく澄んでいて、蜂の腹が出ていないような純な蜂蜜が入り、男達の足で絞り出したようなものではない酒でできており、家畜の腹から出たのではないような味のする乳でできている。天国はきらきら光る川です。熟した果実です。従順で美しい妻です。」
川に関する叙述がたくさんあって、その叙述がとてもリアルです。このあたりは、なるほど砂漠の宗教だと思わせます。また、イスラーム教は禁酒を命じているのに、天国に行ったらお酒が飲めそうです。それに、現世ではとても女性関係にうるさいのに、天国に入ると、大きな目と白い肌を持つ美しい女性が現れて男の首にすがりながら、こう囁くのです。「あなたは私の愛であり、私はあなたの愛です。私は嬉しいので怒ることがなく、喜悦は退屈さに変わることはなく、永久に離れない。」男にとっては、何ともうれしいことを言ってくれる女性です。予言者は続けます。「誓って言うが、天国では多数の女性と交わるのである。そして、それらの女性は男たちが去ると、清浄で純血に戻るのである。」つまり、男たちは何度でも純血の女性、乙女と交わることができるのだそうです。
男にとっては、まさに極楽。酒池肉林の世界ですが、なかには殊勝な男もありまして、彼が天国に入ると、その両親、妻、子供がいません。つまり、彼らは天国に入るほどの徳に達していなかったのです。でも、男の願いを聞くと神は、家族と共にいたいというその男の願いを叶えてやります。
天国の人々は33才で美男子として復活します。33才から年を取らないのです。「永遠の少年たちとは、早く亡くなったムスリムの息子たちで、彼らは天国にいる人々の世話をします」天国に行った女性達たちには、美しい若い男たちは付かないのに、夫には美しい乙女たちがまとわりついているのです。妻は嫉妬に狂わないのかと心配ですが、神の言うことには「天国に嫉妬はない」ので、女たちは悩まされることはないのだそうです。