2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第10回 福田先生 6月20日 1/5
中国:女性企業家の台頭とその影響力
それでは、今日は中国の女性ということでお話をしていきます。まず、中国における女性の地位とその変遷について一般的な全体の概要をご説明して、その後に現代の中国でどういう分野でどういった女性が活躍してきているのかというお話をしていきたいと思っています。
まず、先週、台湾のところでご説明したのと同じようなかたちで、中国における女性の地位の変遷をまとめてみました。中華人民共和国が成立したのは1949年ですけれども、その1949年からこの図は始まっています。中華人民共和国が成立した初期、いわゆる「毛沢東時代」と呼ばれていた時代は、マルクス主義的な考えというのがかなり強かったわけです。そこでは女性も男性も平等な存在で、女性の解放をしなければいけないというふうになっていますので、中国共産党もそのようなスローガンや政策を掲げていました。
しかし、その時期の実際の中国社会において、女性がどのような立場にあったかということについての研究は、最近かなり進んでいまして、そうすると台湾のところでもお話をしましたが、中国の社会には儒教的な伝統があり、それが中華人民共和国期の中国にも受け継がれていたということが明らかになってきました。つまり、伝統的な女性に対する考え方が根強く残る社会に、中国共産党が上からマルクス主義的な女性解放の考えを持ち込み、女性も男性と平等に国家建設や大衆動員に参加しなければいけないと規定された結果、実際は1950年代から70年代の中国社会において、女性は二重の役割を強いられていたというふうにも言われます。
こうした状況が少しずつ変わってくるのが1980年代から始まった「改革開放」です。この時、「改革開放」というのは主に経済の改革、つまり市場経済を取り入れるということで、「開放」というのは経済をその市場を外に開くということだったわけですけれども、そういった経済の「改革」と「開放」に伴い、様々な思想や価値観が中国に流入してきた時代です。この流れの中で西側諸国のフェミニズム運動や、普遍的な価値として女性の地位向上という考えに触れ、中国のなかでも、それまでの共産党が掲げる政策で「平等」だと言われてきたことは、「本当なのか?」ということを問い直すような女性研究が始まります。1980年代から90年代のこのような動向は、体制側の女性動員、つまり1950年代から継続して女性の動員やマルクス主義的な女性解放を唱えてきた動きと対立関係にあったと言われています。近年の状況というのは、そうした論争も一段落して、中国の社会においても普遍的な価値としての男女平等が定着してきていると言われます。
これはまた後でもお話ししますが、お配りした女性宇宙飛行士の記事をみていただいてもわかるように、中国共産党の側も、中国では女性の地位が上がっているということを積極的に国内外へ発信していきたいという意思があるようですし、実際の女性の政治経済への参加についても、少しずつ状況が好転している傾向を見ることができます。
改革開放が始まった時、それに伴い中国の民間の方から出てきた女性研究運動というのはどういったものだったのかということを少し詳しくお話ししたいと思います。それまでの体制側の宣伝としましては、中華人民共和国というのはマルクス主義を掲げていて、女性解放に関しては非常に先進的である、私たちは男女平等という課題に一貫して取り組んできていると、共産党は言ってきました。しかし、中国の女性研究運動は、本当に中国社会は女性解放という意味において先進的なのかどうかということを問い直すところから始まっていきました。
それを知識人の女性たちが様々な分析を展開しましたが、有名な研究者の方に李小江さんという方がいらっしゃいます。彼女は中国の女性の問題を語る際、三つのタブーがあるいうことを初めて論理的に説明しました。その三つのタブーとは、一つは封建主義的な儒教的な性のタブーで、家庭の中で男女の不平等な関係があるし、二つ目は階級のタブーとして、男女は平等だと言われているが、実際にはそうでもないということ、三つ目は中国においては西側の思想は悪だというような考え方がずっと毛沢東時代からありましたので、フェニミズムという概念について論じること自体がタブーになっているという点でした。こういった主張に共感する主に女性の研究者が集まり、民間主導の女性研究というものを立ち上げていきました。これがだいたい1980年代半ば以降の動きだったわけです。