2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第10回 福田先生 6月20日 4/5
中国:女性企業家の台頭とその影響力
ここからは具体的なリーダーの話に入っていきたいと思いますけれども、ここまでの女性参加の進展を象徴し、そして引っ張ってきたリーダーとしてこの2名を紹介したいというふうに思います。政治分野のリーダーは呉儀さんという方で、日本でも2000年代の前半に注目を集めた政治家です。もう一人の経済分野のリーダーは楊綿綿さんという方で、「ハイアール」という、最近は日本でも洗濯機や冷蔵庫が売られている企業を率いている方です。この2名の共通点は1940年前後に生まれ、中華人民共和国がその後にでき、中華人民共和国の下で教育の機会が男女平等となった、その恩恵をいちばん初めに受けた世代だということです。ですので、中国の国内の大学を卒業して、そこから呉儀さんはさまざまな政治指導者のポスト、楊さんはさまざまな工場などのポストに登用されて、その中で頭角を現してきた方だと言えます。
呉儀さんについて見てみると、80年代は北京の副市長、90年代は経済・貿易部門での官僚としてキャリアを積んできました。2002年に入り、中央政治局委員という、先ほどの党の組織の表では中央委員のもう一段階上の中央政治局委員というポストに選ばれました。これは、女性としては中国では4人目だったと言われています。それまでに選ばれた女性リーダーは、周恩来の妻であった鄧穎超をはじめ、皆革命家の妻でしたが、呉儀さんはそうではなく、自分自身が大学を卒業してからキャリアを積むなかで頭角を現し、リーダーとなりました。2003年からは国務院の副総理となり、SARSが流行した際に情報を隠蔽した官僚組織をかなり厳しく調べて情報公開をするなど、中国の行政の中では異例のことだと言われるような対応が評価されました。また、中国の指導者には引退を渋ったり、引退後も影響力を保持しようとしたりするリーダーが多いなかで、彼女は潔く引退し、引退後はほとんどメディアにも出て来ず、これは中国の民衆からも評価されました。そういったはっきりとした姿勢が好評だったリーダーです。
それから、楊さんは80年代にハイアールの副工場長を務めた後、経営畑でキャリアを積まれまして、ご自身がハイアールの社長になってから、ハイアールを有名企業に成長させた方です。国内で傑出した女性創業者などを選ぶ際には何度も選出されましたし、国際的に見ても中国の女性の企業家として有名になったいちばん初めの世代の方だと思います。現在は、人民代表大会の代表や女性企業家協会副会長をなさっていて、企業家としてだけではなく、後進を育てたり、中国の政治経済全体に影響力を与えたりできるようなポストにいらっしゃいます。
このようなリーダーが出てきた時期と、女性の就労を巡る議論が活発になされ、政治経済分野における女性の参加が少しずつでも促進された時期は重なっていたことを指摘できます。呉儀さんが引退したのが2008年ですから、2000年代の前半ぐらいまでの出来事だというふうにまとめることができると思います。そこで、呉儀さんが引退し、楊綿綿さんも第一線で企業界を引っ張っていくというよりは、社会的影響力の強いポストへと移行するなかで、この次の世代の女性リーダーにはどんな方がいるのかということを、最後に見ておきたいと思います。
次の世代の方も左側は政治分野におけるリーダーで、右側は経済分野におけるリーダーです。女性の政治家として、おそらく現在の共産党の中でいちばん注目されているのは劉延東さんという方です。この方は博士号まで取られ、党の官僚として経験を積み、2007年からは呉儀さんに代わって中央政治局の委員を務めています。恐らく彼女自身の実力もあるとは思いますけれども、党の中にももしかしたら呉儀さん以降、慣例として中央政治局に女性を一人ぐらい置こうというような考えがあるのかもしれません。また、2008年以降は国務委員も兼任しています。中国では今、薄熙来という方の問題があり、日本のメディアでもかなり報道されていますけども、彼は次の18回党大会で政治局常務委員に入るだろうというふうに言われていた次世代のリーダー候補だったのですが、失脚してしまいました。彼が失脚したことによって、この劉さんが政治局常務委員に入る可能性もあるのではないかというようなことをおっしゃる方もいます。劉延東さんという政治家は能力もあるし、あまり敵がいない方だというふうに言われていまして、どの派閥からもそんなに嫌われていないということが、その理由として指摘されています。女性の参加という観点から見れば、政治分野で活躍している女性としては、彼女以外の名前がなかなか出てこないという現状もあります。