2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第5回 松岡先生 6月16日 2/6
プーラン・デーヴィーの生涯
〜"盗賊の女王"の生き方からインドを見る〜
今日はインドのパートの第1回です。インドにも魅力的な女性はたくさんいて、皆さんにぜひ知っていただきたいという人も多いのですが、その中で今回は非常に数奇な生涯をたどった、プーラン・デーヴィーという人のお話をしたいと思います。彼女を主人公にしたインド映画『女盗賊プーラン(原題:Bandit Queen)』(1992)を一部見ていただきながら、話を進めたいと思います。
映画の原題のとおり、プーランは「盗賊の女王」と呼ばれた人なんですが、盗賊というと日本では「いつの時代の話だ?」ということになりますね。でもインドには今でも盗賊がいます。インドは国土が日本の約9倍と非常に広く、人口も12億と多いんですが、人口が集中している都市部以外に、農村部や山間部などの人口密度が低い土地がたくさんあります。そういった山間部などに、今でも盗賊たちが潜んでいるんですね。
インドの盗賊は普通「ダコイト」、あるいはそれを簡略化した「ダークー」と呼ばれます。これはまさに「盗賊」という意味で、彼らのやることはまず盗みというか、略奪です。例えば、真っ昼間にある町に押しかけて、商店、つまり金持ちの商人から略奪する。あるいは警官の服装をどこかから手に入れて来て、全員警官のような格好をして、ハイウェイで車を止める。「検問かな?」と思ってトラックが止まると、その荷を奪ってしまう。それから、金持ちや有名な政治家などを誘拐して身代金を取る。さらに、略奪や誘拐をしている時に人を殺してしまうこともありますが、その他有力者などに依頼されて、敵対する人物を殺したりもします。あと、麻薬、香木、ジャコウジカなどの非合法取引も彼らの守備範囲です。こういったことを、盗賊たちはやっているわけです。
ただ、彼らは、「我々は"ダコイト"ではない。自分たちは"バーギー"である」と主張しています。「バーギー」というのは「義賊」、あるいは「反逆者」という意味です。つまり、金持ちからしか奪わない、金持ちしか誘拐しない、金持ちから盗んで貧しい人たちに分け与えている、というわけです。実際に、寄進という形で貧しい村にお金を配ったりすることもあります。それは、彼らにとって村から便宜供与を受ける、つまり、食料調達、情報収集、警官隊や軍隊が来た時にかくまってもらう等の布石でもあるのですが、確かに貧しい人たちに分け与えている面があるのは事実です。日本で言うと「ねずみ小僧」ですね。「我々は義賊だ、警察権力や政府に反抗している反逆者だ。だから我々のことは"バーギー"と呼べ」と彼らは主張しますが、どちらにしても、盗んだり人を殺したりしていることには違いありません。
今日お話しするプーラン・デーヴィーは、チャンバル渓谷という所で生まれ育ちました。インドの中央部、首都デリーから南東の方に行くと、アグラというタージマハルで有名な町があるのですが、そこからさらに南東の方に下ると、デリーやアグラにも流れているヤムナー川が幾筋もの支流に分かれている一帯があります。これらヤムナー川の支流が土地を侵食し、深い渓谷になっているあたり、ここがチャンバル渓谷です。この谷間には昔から、いろんな盗賊団が潜んでいました。大規模な集団もあれば、ほんの数人というグループもいて、盗賊の巣として有名です。
そのほかには、東インドの、バングラデシュの北側にあたるチラーパター森林、そして南インドにも盗賊がいます。南インドには4つ州があり、東西の州境あたりは高い山脈が通っていて、森林になっています。タミルナードゥ州、カルナータカ州、ケーララ州の州境あたりにいたのが有名なサンダルウッド・ヴィーラッパンという盗賊で、匂いのいい香木サンダルウッドの闇取引をよくやっていた盗賊です。このヴィーラッパンは長い間捕まらなかったのですが、2004年10月に警察に捕えられ、その場で射殺されたと言われています。2004年なんてほんの数年前ですね。つまり、いまだにそういう盗賊団がインドにはいたりするわけです。