2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第6回 松岡先生 6月23日 2/9
映画監督ミーラー・ナーイル
 〜世界で羽ばたくインド女性の視点〜
今回は、前回の盗賊の女王プーラン・デーヴィーの話とは打って変わって、上流に近い中流の生まれであり、インドの女性監督として世界中の人に注目されている女性、ミーラー・ナーイルのお話をしたいと思います。
映画の世界は職人の世界に近いところがあって、女性が進出するというのは今でもなかなか難しかったりします。インドは年間1,300本ぐらい映画を作っている国なんですが、それでも女性監督というのはそんなに多くありません。映画界は男性社会というか、特にインドの場合は映画の長さがが長いので、映画を完成させるために監督は強力なリーダーとなって皆を引っ張っていく必要があることから、女性には大変だという面もあります。
インド映画に女性監督が誕生したのはかなり古くて、1926年、まだサイレントの時代に、ファートマー・ベーゴムという女優が監督になっています。インドの女性監督を見てみると、彼女のように女優から監督になったという人も結構います。例えば、1981年に『チョウランギー通り36番地』で監督デビューしたアパルナ・セーンは、ベンガル語映画界のトップ女優だった人です。今でもトップ女優と言ってもいいんですが、アパルナ・セーンはこの作品以降監督としてコンスタントに活躍を続け、たくさんの映画を撮っています。
それから、1982年に『パニおばさん』で監督デビューしたプレーマー・カーラントは、ご主人が有名な監督でした。ご主人の監督作品を手伝ったりしているうちに、「私も監督をやりたい」ということで監督になった人です。他にも、1996年に『インディラ』を撮ったスハーシニ・マニラトナムが、同じように有名監督の妻です。彼女は『ボンベイ』(1995)など日本でも公開作の多いマニラトナム監督の奥さんで、また人気女優でもありました。夫唱婦随ではないですが、夫が監督だったので奥さんも監督になった、という例も結構あります。
そのほか、映画学校や大学のマスコミ学科等を出て監督になった人もいます。これは男性監督にもよくあるケースなんですが、女性監督にも何人かいます。
面白いのは、スタッフから監督になった人もいることです。『オーム・シャンティ・オーム』(2007)という大ヒット作の監督で、ファラー・カーンという女性です。インド映画は必ず歌と踊りのシーンがあるので、舞踊監督、コレオグラファーと呼ばれる振り付け師が映画のスタッフとして重要な位置を占めます。ファラー・カーンは舞踊監督としてとても有名な人なのですが、「私、監督もやってみたい」ということで、2004年に監督業にも進出してしまいました。
また、目下一番注目されている女性監督、ゾーヤー・アクタルは脚本家出身です。彼女は父親が有名な脚本家で、まず脚本家として仕事を始めたんですが、そのうちに双子の兄弟のファルハーン・アクタルが『DON過去を消された男』(2006)などで人気監督になっていきます。で、「私も負けてはいられない!」ということで、彼女も2009年に『チャンスをつかめ!』で監督デビューを果たします。そして、日本でも映画祭上映された『人生は一度だけ』(2011)が大当たりし、将来を嘱望される若手監督とみなされるようになりました。