2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第6回 松岡先生 6月23日 4/9
映画監督ミーラー・ナーイル 〜世界で羽ばたくインド女性の視点〜
その中で、彼女が社会的に認められるきっかけになったのが、『インディア・キャバレー』(1985)という作品です。インドにもキャバレーがあるのか? と思われるかも知れませんが、けばけばしい衣装を着て、濃い化粧をした女性たちが、酒場の小さな舞台で踊っていく、というものです。かなりきわどい踊りもするんですが、それをお酒を飲みに来た男の人たちが見ていて、チップを渡すわけです。インドでは女性の体に手を触れるのはあまりよろしくないので、踊る女性の前にそれぞれ指定の箱が置いてあって、そこにお金を入れていったりします。
主人公というか、中心になるのはレーカーという女性なのですが、彼女はキャバレーの踊り子たちの姉貴株です。地方からボンベイ(現ムンバイ)に出て来て、最終的にこの職業にたどり着いた人で、なかなかしっかりした考えを持っているし、篤い宗教心もある。こういう人がどうしてキャバレーなどという所で働いているのか。ミーラーはキャバレーの存在を知ったあと、彼女たちの家に泊りこん徐々に仲良くなっていき、それからカメラを回し始めたそうです。レーカーが友達にしゃべっているようにカメラに向かって、「今日は寺院にお参りに行くからね」と言ったりして、キャバレーの姿とは全く違う敬虔(けいけん)なサリー姿でお参りに行くとか、興味深いシーンがいくつも撮れています。彼女たちの喜び、悲しみ、苦しみ、そういったものが劇映画以上に出ている、ということで、この作品は非常に高い評価を受けました。
この映画をボンベイで撮っている時、ミーラーは次のテーマに出会います。『インディア・キャバレー』を撮っている彼女の目に焼き付いたのは、路上生活をする子どもたち、いわゆるストリート・チルドレンでした。ボンベイは冬もほとんど寒くならないので、路上に新聞紙を敷いて薄い布を1枚かけて寝ている、というような人が大勢います。路上には、大人だけでなく子どもたち、親に遺棄されたり、親が亡くなったりした子どもたちも暮らしていました。それを見たミーラーは、「この子たちを主人公に映画を撮ってみたい」と考え始めます。ドキュメンタリーとして撮るよりは、劇映画の方がもっとたくさんの人に見てもらえるのではないか、ということで、友人と一緒に脚本を書き、1988年に『サラーム・ボンベイ!』という映画を作ったのが、ミーラーの劇映画監督デビュー作になります。
「サラーム」というのはイスラーム教徒の挨拶の言葉です。「あなたの上に平安あれ」という正式な挨拶は「アッサラーム・アレイクム」なんですが、それを短くした「サラーム」もよく使われ、「こんにちは」というような意味になります。ですのでこの映画は、「こんにちは、ボンベイ!」になるわけです。
「サラーム・ボンベイ!」の主人公は、クリシュナという10歳ぐらいの少年です。クリシュナはインド中部の町で公演中のサーカスで働いていたのですが、遠くまで買い物に行かされて、帰って来てみたらサーカスが移動してしまっていた、という目に遭います。困ったクリシュナは、生きていくためには都会に行って働くしかない、と決心し、大都会ボンベイに出て来ます。
ボンベイでクリシュナは、お茶屋に雇われます。映像を見ていただくと分かるんですが、インド人はミルクティーが大好きで、何があってもまずミルクティー、という生活です。例えば銀行などでも、朝の始業時にはまずお茶を飲むので、朝一番に小使いさんがお茶を配って歩きます。我々は紅茶を飲むというとティーカップを思い浮かべますが、小ぶりのガラスのコップにお茶を入れて配るのが、庶民的なミルクティーの飲み方です。
そのガラスコップに入れたお茶を、家庭や店に出前するボーイとして、クリシュナは雇われます。彼の働き始めた所はグラントロードという地区で、ここには有名な娼婦街があります。クリシュナは娼婦の部屋にも出入りするようになり、娼婦レーカーやその幼い娘マンジュとも仲良くなります。この娼婦の所には、ヤクザの親分バーバーがなじみ客としていつもやって来ていました。その手下には、麻薬の密売をしているチラムという男もいます。
そんな街に、新しく娼婦にされる女の子がネパールから連れてこられました。ネパール人の女衒(ぜげん)が連れてきた16歳の女の子。その素朴な風情に、クリシュナは一目で惹かれてしまい、彼女を「花の16歳」と呼んで憧れを募らせます。

『サラーム・ボンベイ!』Part 1(YouTubeより/英語字幕付き)