2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第6回 松岡先生 6月23日 6/9
映画監督ミーラー・ナーイル 〜世界で羽ばたくインド女性の視点〜
クリシュナはある夜、結婚式でのアルバイトの帰りに警察の不審者チェックに引っかかり、児童養護施設に収容されてしまいました。何とか脱走したものの、戻ってみると、「花の16歳」はすっかり一人前の娼婦になってしまっており、バーバーと仲良く写っている写真をクリシュナに見せて自慢したりします。自分の理想像が崩れてしまったクリシュナは、バーバーに対して激しい憎しみを抱きます。
一方バーバーは、娼婦レーカーと夫婦のような関係だったのですが、彼女はその関係を精算して出て行くと言い出します。そこにやってきたクリシュナは、争っていた2人が落としたナイフを拾い、バーバーを刺してしまいます。クリシュナとレーカーは2人で逃げるのですが、ちょうどこの時、町はガネーシャのお祭りの最中でものすごい人出でした。群集の中を2人は逃げていきますが、やがてクリシュナはレーカーとはぐれ、独りぼっちで街中に取り残されます....。

『サラーム・ボンベイ!』Part 11

全然ハッピーエンドではなくて、とても苦いラストになっているんですけれども、大都会ボンベイの一面を非常によく捉えた作品です。貧困、ストリート・チルドレン、ネパールから連れてこられた娼婦等々、画面からにじみ出るリアリティが強く感じられるのですが、そういう点が高く評価されて、この作品はカンヌ国際映画祭で新人監督賞「カメラドール」を受賞しました。
ミーラーはこの映画で、実際に路上生活をしていた子どもたちを出演者に起用しました。そして映画の終わった後、映画の収益で「サラーム・バーラク・トラスト(こんにちは子どもたち基金)」を作って、この子たちが学校に行けるように手配したり、普通の生活ができるように援助をしたりしました。ちょっと『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)を思わせる作品ですが、あれより20年前にミーラーはすでにこういう作品を作っていたのですね。
『サラーム・ボンベイ!』の後、ミーラーはしばらくアメリカに焦点を当た作品を撮ります。アメリカ在住のインド人を描いた『ミシシッピー・マサラ』では、南部に住んで差別を受けているインド人家庭で、娘が黒人男性の恋人を連れて来たとたん、「黒人と結婚するなんて許さない!」と両親が言い放つという、複雑な差別の構造を描いています。その後は、アメリカのマイノリティを描く『太陽に抱かれて』(1995)という、ちょっとすっとんきょうな一家のお話を撮ったりしています。
続いて、『カーマスートラ/愛の教科書』(1996)を撮るのですが、「カーマスートラ」はご存じのように、「性愛(カーマ)の経典(スートラ)」という名のインドの古典です。この時期のミーラーは、アメリカの映画を撮ってみながら、またインドにも惹かれる、という状態だったようです。その両方に軸足を置いている自分、両方とも自分には非常に馴染みがあるけれども、どちらにも属せない自分でもあるという、そういう迷いがこの時期は出ていたように思います。
次にミーラーは、2001年に『モンスーン・ウェディング』という映画を撮ります。インドの気候は大きく分けると乾季と雨季になるのですが、乾季の終わり、5月頃には40度以上に気温が上がり、とても暑くなります。辛抱が切れそうになる頃になると、やっとモンスーンの雨雲がやってきて、雨が降って気温が下がる、というわけです。だからインドでは、雨は「恵みの雨」というわけです。
雨季は大体5月の終わりぐらいから6月、7月ぐらいまで続き、それがモンスーンの時期になりますが、この時期には結婚式はまずやりません。なぜならインドの結婚式は、野外の広場みたいなところにテントを張って大勢の人を呼んで盛大に行うことが多いので、乾季、それも涼しい12月とか1月にやります。雨が降るモンスーンの時はやらないんですが、この『モンスーン・ウェディング』に出てくる人たちはその時期にやらざるを得ない事情があったのです。