2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第4回 宮脇先生 5月9日 7/7
中国恐妻の歴史と儒教
写真(15)写真(16)
写真(15)(16)「かくあるべし」という儒教文化は、流行の韓流歴史ドラマにも大いに影響しています。最近は、言いたい放題がエスカレートするばかりで、史実はどこにもありません。日清戦争のころの南大門の写真を見て下さい。ほこりだらけの土の道で、みんな白い服を着ている。これが当時のソウルですよ。江戸と比較しても、瓦屋根もありません。
写真(17)
写真(17)「ファン・ジニ」という妓生のドラマは、すべて作り物でしたが、一番目立ったのが柄のチマチョゴリでした。朝鮮人は、日清戦争後、日本から安い科学染料が手に入るようになって、喜んで派手な色のチマチョゴリを作った。上が黄色で下が赤とか、緑とピンクとか、すごい配色ですが、全部無地でした。なぜなら、柄物は日本人のようだと嫌ったからです。日本人は倭寇の時代から男も柄を着ていた。朝鮮の妓生がこんな豪華な服を着ていたなんてあり得ない。これは明らかに日本の江戸時代の花魁に対する対抗心ですね。
李氏朝鮮時代の500年間は、全く進歩のない貧しい社会でした。それ以前のモンゴル支配時代には羊も車も紙幣もあったのに、すべてなくなって退行しました。それは、中国にのみこまれないため、ではないかと私は思います。陸続きはそれほど怖い。ハングルは、フビライが作らせたパクパ文字の影響を受けていますが、なぜあの文字だけにしたのかというと、ハングルにしておけば中国人は入れない。日本みたいに海があれば何とか守れるかもしれないけれど、陸続きだと、軍事力や文化が強いところに吸収されてしまう。だから、李氏朝鮮は車もなくしたのではないかと私は考えています。木を曲げる技術がなくなったから、水気のものは土瓶に入れて、人が背負って歩くしかなかった。
そんなに貧乏だけれど、李氏朝鮮は、明と清の冊封国だったから、お土産を持っていかなければなりません。それで朝鮮は、宦官と女官、つまり人間を差し出しました。
韓国ドラマは今、過去がどんなに良かったか、ということを創作しているわけですね。渤海も朝鮮人が作った。高句麗も全部韓国人だ。中国よりも昔に「古朝鮮」があった。などと歴史を書き変えているんです。でもそれは、高句麗は中国の地方政権だと、先に中国共産党が発表したからなんです。高句麗は、今の北朝鮮から旧満洲にかけてあった国ですが、高句麗が中国だとなると、韓国人としては自分たちの生存にかかわる。なぜなら、高句麗はコグリョ、これを継いだ高麗はコリョと言い、これが英語に入ってコリアになったので、コグリョが中国だということは、コリアも中国だと言っているに等しいからです。
日本人も、中国や韓国に迎合したような歴史教科書ばかり作らないで、この辺でちゃんと考え直さないといけません。日本の将来にかかわります。私はこれからも歴史の見直しと真実の追究をしていくつもりです。ご静聴ありがとうございました。