2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第11回 土佐先生 6月27日 1/9
韓国、淑女の系譜
1.儒教的伝統から見た理想的女性像
今年のテーマは女性だということで、いささか緊張しております。これが「アジアの女性論」とかいうのでしたら、とても自信がないのですけども、「女性群像」ということで少し救いを感じております。さまざまな女性をご紹介することで、アジアの多様性とか、あるいは日本との差異や共通点を感じ取っていただくという趣旨で、比較的軽いノリでお話しをさせていただければと思います。タイトルからして非常に軽薄なんですけれども、「淑女」と「悪女」という区切りで2回に分けてお話しさせていただきます。
そんなふうに割り切れるのかという疑問が当然まず生じます。毎年このリレー講義で韓国の担当を務めていますけれども、韓国はアジアの他の地域と比べますと、圧倒的に日本に近いということがいえます。似ているけども違うという微妙さが、インドや中国などのお話とはちょっと違うところです。
女性の話をする場合も、儒教的な伝統という面では共通していますし、そういうものを基礎に近代化してきて、フェミニズム運動なども含めて新しい女性の生き方が模索されている。ただ女性の自立とか、社会的な進出という面でまだ遅れている面がある。少子高齢化も非常なスピードで進んでいる。そこらへんまで含めて、日本にそっくりです。ただ、大きな違いがあるとすれば、日本よりも構図がはっきりしている社会だという点だと思います。正統と異端、善と悪、構造と反構造、秩序と反秩序というような、非常に二元論的な構図が日本よりもはっきりした社会だというのが、長年、韓国を見ていてよく感じる点です。ですから、日本だとかなりいかがわしい話になってしまうでしょうが、韓国についてなら、こういう形で割り切っても見えてくる部分がかなりあります。そういう前提でお聞きいただければと思います。

女性群像ですから、できるだけ具体的な女性の生き様やイメージについてご紹介したいと思います。今日の1人目ですけれども、儒教的伝統から見た時の理想像、理想的な女性像という時にいの一番に挙がる人です。申師任堂(シン・サイムダン)です。
ひょっとしてこの人をご存じの方、いらっしゃいますか?いらっしゃらないですね。これは結論の先取りにもなるんですけども、実は理想的な女性というのは、あまり目立たないのです。どちらかといえば悪女のほうがずっと目立つので、来週ご紹介する例ならきっとどこかで聞いたことがあるのではと思います。理想的な女性像というのは、ドラマや映画の題材になることも少なく、一言でいって地味なんです。地味ですけど、この人を知らない韓国人は絶対いないというぐらい有名な人です。
16世紀の人で、まず、韓国人の名前としてちょっと変わっているという印象があるんじゃないでしょうか。申は姓ですが、師任堂は名前じゃなく、いわゆる号です。この方は女流画家としても有名だったので、号が残っていますが、女性ですからこれほど有名でも名前は残っていません。
これは儒教的伝統の一つの特徴で、韓国は厳格な男系社会ですから、長男から長男へという系譜を重んじます。日本の家系図にあたる族譜(チョッポ)には基本的には男しか載らなかったので、このぐらいの有名な人でも名前が残ってないわけです。
シン・サイムダンは、いわゆる「良妻賢母」の代名詞として知られています。また後で説明しますけど、韓国では「賢母良妻」という言い方をよくします。そして、何よりもお札になっている人物として有名です。あまり出回ってないので見たことがないという方もいらっしゃるでしょうが、今のところ韓国で一番の高額紙幣である5万ウォン札(約3,500円)が2009年に発行されたとき、その肖像に採用されました。
 良妻賢母のうちまず「賢母」として、息子の教育に優れていたといわれます。なかでも李栗谷(イ・ユルゴク)という息子は、朝鮮時代を代表する非常に偉い儒学者になります。ちなみに、この人も5,000ウォンのお札に描かれています。親子でお札に描かれているというのは世界的にもまれな例だと思います。息子の方は男ですから、イ・ユルゴクというフルネームがちゃんと残っています。韓国は父系社会で、結婚しても姓が変わりません。ですから、申師任堂も父の姓である申は結婚してもそのままで残りますが、個人名が残ってないということです。