2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第11回 土佐先生 6月27日 2/9
韓国、淑女の系譜
これが代表的な肖像画と5万ウォン札です。写真もない時代ですから、どっちが正しいかは分からないんですけど、いずれもその時代の価値観によって「加工」されている点にご注意ください。まず、肖像画の顔つきをよくご覧いただきたいんですけども、この方は、昔ですから50歳にもならない歳で亡くなってしまったのですが、非常に風格がおありですよね。落ち着いていて、賢そうな感じがよく描かれています。肖像画には、儒教的伝統からみた理想的な女性が描かれています。キム・ウンホ画伯(1892〜1979)の作品で、これまでは標準的な肖像画とされてきました。
一方で、お札の絵は、かなり現代っぽくなっています。肖像画より、かわいいといいますか、美人顔に描かれていることがよく分かります。こういうのも、韓国で理想とされる女性像が変わっていることを示す一つの材料です。つまり、伝統的な儒教の価値では、美人であるかどうかは女性の美点に数え上げられる条件ではありませんでした。きちんとした女性として生きる時にそういう資質は邪魔になるといいますか、むしろ来週お話しする悪女になる条件です。今でも、長男の嫁なんかはあまり美人じゃないほうがいいといわれることがあります。
ところが、お札になってスポットライトを浴びると、美化されちゃうというか、現代風の美人になっちゃうんです。これは元々のイメージとはちょっと違う、ということです。シン・サイムダンは、何かドラマチックなことを成し遂げたというのとは違って、非常に堅実な生涯を終えた女性です。両班(ヤンバン)と呼ばれる上流階級の出身ですけども、それは必ずしも金持ちであることを意味しません。きちっとした家柄で学問を修めているということはあっても、経済的には非常に貧しかったといわれています。そんな中で父母に対する孝行をきちっと全うして、7人の子どもを立派に育て上げたわけです。
良妻の部分としては、夫の出世に内助の功として貢献したといわれています。当時は両班の身分証明として科挙に合格しないといけない。出世すなわち科挙に及第するという時代ですから、夫も合格まで10年ぐらい覚悟しなければと勉強のために単身ソウルに送り出すわけです。しかし、まだ若い夫はつらいからとすぐ帰って来ちゃう。その時、サイムダンは裁縫箱からハサミを取り出して、そんな頼りない夫であれば自分もこの世に未練はないと自害をほのめかします。命がけで激励された夫は、めでたく科挙に合格したという話です。こういうエピソードは、学校の教科書にも載っていて、今の韓国人もみんな知っているような話です。
ただ、こういうエピソードをいくら集めてもドラマとか映画にはちょっとなりにくいですよね。社会を支えている一番中心的な理念とか理想とかいうものは、意外にこういう目立たないものが多いのではないかと思います。これだけ有名な人ですけど、ドラマや映画になった例は聞いたことがありません。しかし、韓国人でこの人を知らない人はまずいない。韓国における理想的な女性像を取り上げるなら、まずこの人は抜かせないという位置にある人です。参考までに、このサイムダンが描いた絵を何点か挙げておきましょう。当時の絵の典型として、植物とか虫とか動物とか、周囲の自然を描いたものが多いですが、繊細な色づかいや構成が特徴だといわれています。