2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第11回 土佐先生 6月27日 4/9
韓国、淑女の系譜
実際、烈女として顕彰された人の門や閣が造られていて、全国のあちこちに残っています。この写真の閣は、漁師の夫が漁に出て死んでしまった時に、自分の命をかけて海から死骸を探し出してきた女性を顕彰したものです。隣にある建物にはモーテルと書いてあるんですけど、日本でいうラブホテルみたいなものです。そういう現代的な風景の中に、こういうものが残っている、という例です。



良妻賢母型の女性というのは、内面的な美点を強調するところに成り立つ存在です。才智であるとか、自分のことをよりも先に人のことを考える自己犠牲の精神。そして貞節の強調です。「良妻賢母」という言葉は、実は明治以降に日本でつくられた言葉だといわれています。それが植民地時代に日本から朝鮮に伝えられました。韓国では良妻賢母という言い方よりは、賢母良妻というほうがもっと普通に使うという違いはありますが。いずれにしても、日本でも韓国でも、良妻賢母という理想像は実は本当の伝統ではなく、「つくられた伝統」というか、植民地支配や開発独裁に都合のいいイデオロギーとして捏造されたものだという見方もあります。サイムダンがお札になったときも、保守回帰の動きを示すものだという批判がなされたこともあります。そういう面もありますけど、それもまた偏った理解だと思います。とくに韓国の場合は、良妻賢母を顕彰する伝統が近代以前から明らかに生きていました。その上で、近代化を推し進めて行くための近代的な家族をつくっていく時に、権威主義的な政府からそういう伝統がうまく利用されたという部分は確かにありました。また、「烈女孝婦」という言い方もよくします。烈女や貞節ということをよく強調するのが韓国です。
サイムダンのような人物はドラマになりにくいという話をしましたけども、儒教的な美点を体現する女性のドラマが全くないかというとそうではなくて、韓国を代表する古典に「春香伝(チュニャンジョン)」があります。これはまさに伝統的な儒教的美点を顕揚するドラマです。伝統といいましても意外に近い時代、18世紀頃に作られた話だといわれていまして、元々はパンソリというジャンルの作品でした。パンソリとは、1人が伴奏して、1人が歌って物語を語る芸術形式です。歌い手は喉をわざとつぶして、そこから生まれる渋みのある声で歌い、物語を語ります。パンソリによって広まった話ですが、近代以降は何度も映画化やドラマ化がされています。日本でこれに匹敵するのは「忠臣蔵」です。「忠臣蔵」を日本人が好むのと同じくらい、韓国人は「春香伝」という物語に親しんでいます。
簡単に言うと、これは両班階級の李夢龍(イ・モンニョン)という男と、妓生(キーセン)の春香(チュニャン)との愛の物語です。妓生というのは日本で芸者に相当する職業で、近代以前には奴婢という、一番下の身分に属していました。本来だったら結びつくはずのない2人が結びつく、ロミオとジュリエットのような愛の物語です。
舞台の南原(ナモン)は、朝鮮半島の南西部、全羅道というところにあります。そこの役人の息子、モンニョンがチュニャンと出会い、夫婦になろうと契りを結びます。先ほども触れたように、昔は科挙に合格して役人になるわけです。当時は完全に中央集権ですから、地方の役人も全部中央から派遣されます。ですから、役人の父も、任期が終わったらまたソウルに戻らないといけないし、モンニョンも両親に従わないといけません。まだ科挙にも受かってない身分ですから、再会を約束してソウルに去るしかありません。
その代わりに来た役人というのが、絵に描いたような悪人で、自分の権力を盾にチュニャンをわが物にしようとするわけです。ここで先ほどの儒教的美徳が前面に出てくるわけですが、女性にとって貞節がいかに大事かということが強調される場面です。チュニャンを自分のものにするために、拷問したり、投獄したり、めちゃくちゃなことをするんですけれど、それでも志を曲げない。そうこうするうちに、モンニョンはようやく科挙に合格して、暗行御史(アメンオサ)として登場します。これは、地方の腐敗を暴くために、役人が身分を隠して調査して、腐敗した役人を摘発するという重要な役職です。イメージ的に近いのは「水戸黄門」でしょうか。身分を隠していろんな地方を回って、最後に印籠を取り出して悪人をこらしめるという、まさにそういう役柄です。ボロボロの身なりで帰って来たので、チュニャンの母親は「ああ、なんてことだ」と絶望するんですけども、実は暗行御史の役人だった。それで、悪い役人を罰して、チュニャンを救い出し、めでたしめでたしという話です。
これが人気があるのは、一方で身分を超えた愛というタブーが描かれていて、同時に女性の貞節という儒教的美徳がやはり身分を超えて強調されているため、その組み合わせがドラマチックな効果を生み出しているからだと思います。また、語り自体が非常におもしろい。筋書きにすると勧善懲悪と女性の貞節が強調されている道徳的な説教のように聞こえますけども、パンソリというのは口承文芸なので、いろんなバージョンがあります。例えば2人が愛し合うところを、儒教社会では考えられないくらいエロチックに描写するバージョンもあります。性愛と貞節が背中合わせに表現されている構図は、儒教社会に対する表面的な理解を超えたいろんなメッセージを含んでいます。日本語になっているものだけでも何種類にもなりますので、そういうのを比較してみるのも一興です。