2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第11回 土佐先生 6月27日 6/9
韓国、淑女の系譜
2番目に、柳寛順(ユ・グァンスン)という人を紹介したいと思います。彼女は日帝時代に生き、知らない韓国人はいない人物です。サイムダンがお札になった時に、「今さら、良妻賢母の時代でもないだろう」と反対した人もいました。そういう時に代わりによく引き合いに出されるのがユ・グァンスンであり、切手にもなっています。
1902年に天安郡に生まれましたが、ここには彼女にちなんで1987年に独立記念館が建てられました。彼女は独立運動の象徴であり、それゆえ天安は独立運動の聖地になったわけです。彼女は今の梨花女子大の前身である女学校に給費生として入学し、貧しいけれども非常に優秀な学生だったということです。1919年3月1日に、三・一運動と呼ばれる独立運動が起きます。独立を叫んで大規模なデモがソウルから全国的に広がりました。ほとんどの学校が休校措置になり、ユ・グァンスンも故郷の天安に帰ったんですが、そこでまたデモを展開しました。独立運動のアジ演説をおこない逮捕され、それから1年ちょっと牢屋の中に閉じ込められたまま、翌年10月に獄死します。裁判記録以外に彼女の考えを辿るすべはありませんが、独立運動を主導した女性指導者として英雄化されていきました。解放後、1962年には韓国政府から勲章を授与し、「アジアのジャンヌダルク」と呼ばれることもあります。国のためにわが身をささげた英雄として、韓国で知らない人はいません。
最後は急に現代に飛びますけれど、今の韓国を代表する女性、しかも英雄に近づいている女性として、やはり金妍兒(キム・ヨナ)を取り上げないわけにはいきません。フィギュアスケートの選手ですが、今やほとんど英雄の座にいます。2010年のバンクーバーオリンピックで歴代最高得点で金メダルを獲得したのが、もっとも目立つ成果ですが、浅田真央に勝って金メダルを取ったことで韓国ではなおさら価値が高まりました。見た目も美しく、CFなどに多用される人で、メディアにいろんな形で登場します。
最初は「国民の妹」という呼び方をされていたんですが、それが「国民の英雄」へと変貌していきます。ずばり「『国民の妹』から『国民の英雄へ』」(コ・ウナ)という論文もありますが、それによれば「国民の妹」として皆から愛されるキム・ヨナが、だんだん英雄化されていく過程が見られるといいます。その過程は、5種類ぐらいの言説といいますかイメージ化の働きとして整理できます。
まずは、韓国人であって韓国人を超えた存在、「スーパーコリアン」というような言い方が目立ちます。プロポーションが韓国人離れして欧米人に近いところが「黄金のスタイル」として称えられる。韓国人の英雄になるには韓国人を超えなきゃいけないわけです。彼女の卓越した才能を称えるのに、「韓国人らしい」という形容は使われず、「グローバル市民」だという表現が動員されます。
2番目が、家族、社会、国家に尽くす孝行娘というイメージです。天賦の才だけで成功したのではなくて、自分でコツコツと努力したことが強調されます。これは日本のスポーツ選手なんかでも共通している部分があると思います。あるいは、寄付行為を行っているとか、そういう善行、誠実さを強調する。そして、「国民の妹」として顕彰する表現が繰り返されました。
3番目に「抗日戦士」というレトリックが目立ちます。先ほど紹介したユ・グァンスンの再来という言い方もされます。前回のWBC決勝戦で韓国は日本に負けましたが、偶然その翌日がフィギュアの世界選手権でした。ですから、日本に負けた「雪辱」をキム・ヨナが果たしてくれるというような形で、報道で大々的に取り上げられました。
4番目は消費文化のイコンとしての位置づけですけども、今のスポーツ界のスターには大体そういう側面があります。キム・ヨナは、俳優などを凌駕してCFの出演本数がおそらく韓国で一番多いだろうといわれています。「世界を制覇した氷上の妖精」というような形容が動員され、消費文化の象徴として機能していることが確認できます。