2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第11回 土佐先生 6月27日 8/9
韓国、淑女の系譜
3.新しい理想像?
最後に新たな女性像というものを少し探ってみたいと思います。韓国の伝統の中では女性はある種の局外者の位置に置かれていて、もし中心的な役割を引き受けるとすれば、それは非常に目立たないといいますか、男社会を裏側から支えるような役割でした。ですから、なかなかドラマになりにくいようなサイレントマジョリティとしての女性像が中心的系譜にあるということです。しかし、普段は目立たないんですけれど、社会がある種の危機に陥ると、救国の英雄になるというシナリオもありました。それは社会や個人にとっては、実はあまり幸せな状況ではないといえるかもしれません。女性が英雄になる時代というのは、外国から侵略されたりとか、植民地支配を受けているとか、基本的に不幸な状況を前提にしています。キム・ヨナという偶像も、経済危機や厳しいグローバル化という状況の中で作り出された「英雄神話」です。そこで、かならずしも危機的な状況を前提にしないで、女性がもう少し社会の前面に出て活躍するような理想像は韓国の中で生まれているだろうかと問うことが可能です。はっきりした答えはありませんが、具体例として2人紹介します。
まず、ご存じの方も多いでしょうが、朴槿恵(パク・クネ)という政治家です。お父さんが朴正熙(パク・チョンヒ)という、韓国の経済成長を実現した非常に有名な大統領です。その長女として生まれ育った彼女の家族の歴史は、天国と地獄をあわせもつドラマチックなものです。非常に恵まれた家柄だともいえますが、母親も父親も、結局、暗殺で失っています。母親は、1974年に在日韓国人の狙撃で亡くなりました。本当は大統領を狙ったのが、横にいた夫人に当たってしまった。この方も良妻賢母といわれ、出しゃばらないタイプで国民から愛されていました。その後、内助の功を失ったパク大統領は、強権的な手法を強めていき、自身も側近によって79年に暗殺されます。パク・クネはそういう過去を背負いながら、1988年から国会議員になりました。
今は与党の党首をしていますが、次期大統領の有力候補です。2004年から党首になって、当時はハンナラ党といっていましたが、今はセヌリ党という政党の党首です。2007年の大統領選挙でも有力候補でしたが、党内での選挙で今の大統領の李明博(イ・ミョンバク)に敗れました。今年12月の大統領選には必ず出馬するとされています。特別なバックグラウンドをもった人ですし、既に政界における有数の実力者です。いわゆる保守層に支持基盤がありますが、父親の独裁的なイメージから何とか脱却しようともがいてもいます。この人がもし大統領になれば、東アジアの政治史の中で大きな事件だといえます。
最近まで、この人が大統領になる確率というのは、あまり高くないというふうに見られていました。ただ、1位にはなれないけど、2位になる確率は小さくないと思います。今のところ、圧倒的な支持を期待できる候補者はおらず、2位に位置する複数候補者から相対的な1位が選ばれるのではなかろうかと見ることができます。そういう状況ですと、彼女が大統領になるチャンスも十分ある、最近はそんな空気に変わりつつあるようです。
彼女の評価は、パク・チョンヒの娘ということがやはり大きく、それはプラスにもマイナスにも作用するということです。また、彼女は特別な家柄に生まれて、政治家としてずっと奮闘してきた結果、結婚の経験がありません。これは良妻賢母の価値観からいうと、やはり大きなマイナスです。結婚して子どもを持った経験がない女性には、国民の気持ちが分からないとか、階層的に非常に恵まれた立場からでは今の経済危機の中で苦労している人の気持ちが分からないとか、そういう反発も小さくないようです。どういう結果になるかは分かりませんが、もし彼女が大統領になれば、東アジアの中では特別なニュースになるでしょうし、韓国の女性像の未来に大きな影響を与えるだろうと思います。