2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第7回 辻村先生 5月30日 2/4
預言者ムハンマドを選んだ女たち
イスラームの話に移りましょう。イスラーム教の創始者であるムハンマドが生まれたのは570年といわれています。このころのアラビア半島の東西では、ビザンティン帝国のキリスト教世界とペルシアのゾロアスター教世界がにらみ合っておりましたが、アラビア半島ではどちらにも属さず、アラビア半島の南、イエメンやオマーンで産する貴重な香料を人々はラクダを使って北に運び、大きな収益を得ておりました。ローマ時代には、この交易で得た富で北を拠点にナバタイ王国が生まれ、大いに栄えました。ナバタイはローマに潰されますが、しかし長距離の交易は途切れることなく続けられました。
クライシュ族もそうした長距離交易に携わる一族で、ムハンマドはこの部族の一員として生まれました。5世紀の末くらいにメッカにやってきて、定住したと言われます。メッカには他の種族もいましたが、クライシュ族はそこで大きな力を持つようになりました。それが5世紀末のことですから、ムハンマドが生まれたのはそれより1世紀以上たったころです。ムハンマドは"預言者"と呼ばれ、未来の事を予想する"予言者"とは違います。そうではなくて、預言者は神の言葉を預かる人、ということです。その言葉によって人々を導く人です。
ムハンマドの父母は、クライシュ族のアブドゥッラーとアーミナです。しかし、ムハンマドがアーミナのおなかの中にいる間に、父は亡くなってしまいます。つまり、ムハンマドは父なし子として生まれてくるのですが、母親のアーミナもムハンマドが6歳の時に亡くなってしまいます。その後、後見人になったのは、祖父のアブドゥル・ムッタリブでした。この当時、クライシュ族といってもそのなかはたくさんに分かれていますから、身近に後見人がいないと砂漠のなかに放り出されたような感じで、生きていけないような状況にありました。男女にかかわらず過酷な社会だったのです。イスラームの教えをつたえるコラーンの中に、「孤児を大切にしなさい」という言葉が盛んに出てきますが、それはあきらかにムハンマド個人の経験が影響したのだと思われます。祖父の亡きあとに後見人となってくれたのが、父親の兄弟のアブー・ターリブでした。彼の後ろ盾によって守られながらムハンマドは大きくなり、やがて長距離交易の商売に携わるようになります。
ところが、40歳のときに、彼は今ある部族社会の矛盾、あるいは退廃的な習慣に疑問を持ち、メッカ郊外にあるヒラー洞窟で瞑想をしました。そのときに、ギブリールが現れました。大天使ガブリエールです。この天使が「読め」というのです。ムハンマドは「私は読むものではありません」と答えます。実際、彼は読み書きができなかったのです。天使はムハンマドの首を締めあげて、再び「読め」といいます。その会話が三度繰り返されたあと、「汝の主はもっとも高貴なお方。彼は筆によってお教えになった、人間に未知なるものをお教えになったお方」とギブリールは言い、その言葉をムハンマドが復唱しますと、「ムハンマドよ、汝はアッラーの使なり。我はギブリールなり」とギブリールは自ら素性を明かして立ち去りました。ムハンマドはびっくりして、家に急ぎ帰りました。神の言葉が、読み書きもできない自分に下った。そのことに恐怖を怯え、震えて、布を頭からかぶっておりました。ムハンマドを励ましたのは、妻であるハディーシャです。
ハディーシャはムハンマド25歳の時に40歳で結婚していますから、ハディーシャはこのとき55歳です。この人は女傑ともいうべき女性でした。メッカで長距離交易の、いまでいう商社みたいなことをしていた大富豪で、ムハンマドと結婚したときには40歳の大年増、おまけにニ回も結婚していました。ハディーシャは美しい女性であったと伝えられていますが、自分の力で財をなし、社会的な活動ができていたハディーシャには単に頼るべき相手としての男は必要でなかったはずです。彼女は誰からの強制も受けず、ムハンマドの正直さにひかれて結婚したのでしょう。そして、結婚後はかげにひなたにムハンマドを支えていくのですが、もっとも大きな貢献というのは、ムハンマドが神の言葉を受けて震えてしまったときに、彼に自信をつけさせ、「神の言葉を皆に伝え教えなさい」と励ましたことでしょう。彼女は自分の親戚でキリスト教徒がおりましたので、その人に、本当に大天使だったのか、と聞いたり、いろんなことを自分で調べたりした結果、やはり啓示を伝えに来たのは大天使ガブリエル(ギブリール)である、という結論に至ります。ハディーシャは自分でも納得した上で、夫のムハンマドを勇気づけました。
ハディーシャとの間には6人の子供が生まれましたが、長男カースィムと二男アブドゥッラーフの2人は2歳と生まれてすぐになくなっています。長女ゼーナブ、二女ルカイヤ、三女ウンム・クルスームは結婚するまで成長しますが、しかし父親であるムハンマドよりも早くに亡くなってしまう。末娘のファーティマだけが長生きします。クライシュ族の系譜でいう第四代正統カリフのアリーというのがいますが、ファーティマはその人と結婚します。大富豪でありながら自らの意思で身寄りのないムハンマドと結婚したハディーシャ。ムハンマドは彼女が生きている間、他の女性とは結婚しませんでした。ハディーシャがなくなったあとは、幼い子供たちを育てるためにも母親が必要となり、9人の女性たちと結婚します。それから最後に第一代正統カリフのアブーバクルの娘、アーイシャと最後の結婚し、彼女の家で生涯を閉じます。結婚はトータル11回。でもこれは、ムハンマドが好色だったからではありません。少し長くなりますが、その理由を考えてみましょう。