2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第8回 辻村先生 6月6日 1/4
自由と戒律の狭間で ームスリマたちの闘いー
本日は現代のイスラムの女性たちの活動についてお話ししたいと思います。タイトルを「自由と戒律の狭間でームスリマたちの戦いー」としておりますが、ムスリマというのはイスラームの女性たちのことで、男性はムスリムと呼びます。
まず、現代ムスリマたちの代表として3人の女性をとりあげてみたいと思います。アスマハン、ウンム・カルスーム、ワルダ・アル・ ファトゥーキで、いずれも中東を代表する歌手です。うち2人は亡くなって久しいのですが、ワルダが亡くなったのは今年5月、ごく最近のことです。イスラームの女性といいますと、黒い服に身を包んでいるとお思いかもしれませんけれど、写真で見ていただくとおわかりのように、3人とも西欧社会の女性と変わりない衣装です。
ウンム・カルスームは1904年生まれですから、エジプトがイギリスに占領される10年前です。父はモスクで宗教歌を歌っていました。5歳くらいから彼女は兄と共にコーラン学校に通うようになったのですが、女の子だからということでやめてしまいます。そして、家族アンサンブルという形で芸能活動に参加します。18歳の時にプロデビューします。アラブの伝統的な詩を音楽化して歌い、当時の王ファールクⅠ世の宮廷歌手となりました。しかし、53年にナセルが革命を起こして王朝を倒すと、彼女はナセルのアラブ民族主義を支援するようになりました。アラブ各国を回ったり、パリでコンサートをしたりして、その収益をナセル政権に寄付をしました。女性の生き方として注目されるのは、50歳という高齢での結婚です。相手は外科医ですが、ふるっているのは彼女が持ち出した結婚の条件です。それは、必要が生じた場合は彼女が離婚の手続きを取ってもいい、というものでした。歌手活動を重視したいがための条件でしょうけれど、女性の側からの離婚請求は特異なケースといえます。
アスマハンは1918年生まれで、亡くなったのは1944年。享年26歳で、非常に若くして亡くなってしまいました。この人はレバノンの山岳地帯に居住しておりますドゥルーズ族の出身です。そこの首長の娘として生まれます。音楽活動を通して、フランスのヴィシー政権からの解放を目指しました。彼女は短い人生の内に5回の結婚と離婚を繰り返します。そして、この写真でもわかりますが、ヴェールをかぶることさえ拒否しました。このように、強く自分の意思を貫き通した女性でした。
ワルダ・ファトゥーキは1940年、パリ近郊のピュトーに生まれました。アルジェリア移民の子供で、母はレバノンのベイルートで生まれています。ベイルートは"中東のパリ"と呼ばれ、キリスト教徒が多く住む都市です。
彼女たちは、いずれも中東が西洋の植民地であった時代に生まれ、ウンム・カルスームとワルダは戦後、中東の国々が次々と独立を果たした時代を生きました。彼女たちの生き方を見てみると、植民地時代の西洋的なものの考え方がかなり強く影響を与えていたことがわかります。それが服装にも表れているのではないかと思います。
それでは、今の人たちがどのような服装をしているのかをみてみましょう。カイロですと女性がスカーフで髪を隠すほかは、私たちと変わらない格好をしている人がほとんどですが、農村部にいくと、男女ともにジャラビーヤという裾の長い服を着ています。もちろん女性は髪を隠しています。エジプトだけでなく、現代イスラーム社会ではほとんどの国の一般女性は髪を隠すけれども、顔を隠してはいません。目だけを開けて顔全体を隠してしまうサウジアラビア女性のような服装は特異だといえます。けれども、同じような服装の女性たちもなかには見られます。それはイスラーム原理主義の人たちで、若い人たちに見られます。彼女たちは手にも長い黒い手袋をはめています。
植民地時代を描いた古い映画をみますと、都市に住む若い女性たちは西欧と変わらない服装や髪形をしていますし、はじめに紹介した3人の女性歌手の生き方もそれまでのステレオタイプのムスリマとは異なるものでした。ウンム・カルスームがナセルの革命を積極的に支持したのはイスラーム回帰ではなく、アラブ民族主義の高揚のためであることは彼女の音楽がアラブの伝統的な詩をアラブ音楽と融合させ、伝統文化を蘇らせるという目的をもっていたことからも窺えます。そして、彼女たちが結婚に自分の主張を貫いたことやチュニジアでイスラーム法に基づく家族法に対する改正要求が植民地時代に提出されているのをみても、ムスリマたちが西欧文化を拒否するのではなく、そこから大きな影響を受けたことがわかります。今日のムスリマたちの解放運動もまた西欧的な男女平等を目指してイスラーム的な価値観から脱却しようとしているのでしょうか。ここからは国ごとに女性解放の動きをみていくことにしましょう。