2012年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジア女性群像」

第8回 辻村先生 6月6日 4/4
自由と戒律の狭間で ームスリマたちの闘いー
それから、2007年にはバスラにおいて133人の女性が殺害されました。79名がイスラムの教えを侵害したからという理由で、47人は名誉殺人、残る7人は政治的な理由だそうです。イスラームでは、結婚する以前の性交、あるいは、性交を含む男女の付き合いというのが禁止されているので、それが露見してしまったときには一族の名誉を守るために女性は殺されても仕方ないのです。これを名誉殺人と言います。
最後に現代の中東で最も女性に対する規制が厳しいサウジアラビアを取り上げることにしましょう。ここでは今も女性は一人で通りを歩くことができず、運転もできません。タクシーに乗ることもできません。レストランに入っても、男性と一緒だったとしても、仕切りをしたファミリールームで食べなければならないのです。デパートにいっても、男性が入る時間と女性の入る時間とが別々に決められています。1970年以前は今日よりもはるかに緩かった、という証言がありますので、徐々に規制がきつくなっていったようです。
運転免許を与えて欲しいという要求はあるものの、こうした状況にあってサウジアラビアの女性たちの多くはあまり不満を持っていないようにも感じられます。現地で知り合った女性に、夫が自分以外の妻をもっているのは嫌じゃないかと遠慮がちに尋ねてみたのですが、「別に。」という返事でした。家事も分担できるし、夫が他の妻にプレゼントしたら自分にも同じだけのプレゼントがあるし、生活は安定しているので、それほど不満でもないと彼女は言っていました。1980年代以降、他国が自由化によって貧困化していくなかで、石油を持っているサウジアラビアは豊かになり、家父長制が強化されるなかで、そのお金が女性にまで廻っていくのです。経済的な豊かさを得るためにはイスラームの原則的で古典的な解釈も容認したというのでしょうか。
ところで、サウジアラビアの識字率を見てみると、1992年には男性が80%、女性が57.3%で、かなり女性の識字率は低いのですが、2008年になると男性は89.5%、女性は80.2%にまで高まっています。また、サウジアラビアでの大学進学については1996年で男子の大学進学者は14,639人、女子が17,172人ですから、女性の方が多い。この差はどんどん広がっていて、2009年には男性が33,682人に対して、女性が53,473人と圧倒的に多いのです。ところが、それだけ女性が大学に進学していても、就業率となると女性は、たった4.55%にすぎません。これに対し、エジプトの女性就業率は28%、マレーシアでは35%です。サウジアラビアの女性たちは大学まで行って、学力・能力を付けたにもかかわらず、家庭に入って仕事についていない、つまり能力を発揮していないと言えます。
最後にジェンダーをめぐる論争について、少しお話ししておきたいと思います。リベラルフェミニスト、イスラムフェミニスト、という言葉があります。一般にフェミニストというのは、女性を解放しよう、男女平等を推奨しよう、という人々なのですが、中東ではこの二つのグループに、大きく分けることができます。リベラルフェミニストというのは、西欧的な価値観をもつ人々で、コーランの進歩的な解釈をすることによって平等を図っていこうとします。たとえば、コーランには「あなたがたひとりひとりが私のところに来るのだ」と書いてあると彼らは次のように解釈します。イスラームには男も女もない。一人ひとりが来るのであって、その中に男と女がいるにすぎないのだと。ところが、ムスリムフェミニストとかイスラムフェミニストと呼ばれる人たちの考え方はそうではありません。男と女というのは、生物学的に違う。そんな風に社会的文化的役割も男女によって違うのだと考えます。女性にとって一番重要なのは母としての役割だから、子どもを産んで育てることこそが女性の最も大切な仕事なのだ、と。そのためには社会に出て働く、稼ぐ、などというのは大した役割ではありません。あくまでもイスラームの教えに沿って女性の地位向上を図っていきましょう。そして男性たちに対して、女性の役割というのはこんなに大事なのだ、ということを強調することによって守ってもらいましょう。守るのが当たり前なのだと、男はそういう責任があるのだと分からせましょう。それによって女性の地位を高めましょう、というのがイスラムフェミニストの考え方です。
おもしろいことに、リベラルフェミニストもコーランを抜きにして西欧的な男女平等を主張しているわけではなくて、前回、お話しましたように、例えばコーランの中のムハンマドとハディージャの関係を取り上げて、ハディージャは結婚以前、商人として実力を発揮し、ハディージャがムハンマドを支える財力を持ちながらも、二人がいかに宗教的に結びついていたか、そういう対等な関係を築きましょう、と説くのです。いっぽう、ムスリムフェミニストの方は、ムハンマドはハディージャとの間に子供をもうけますが、ムハンマドが布教活動をやっている間、ハディージャはしっかりと家族を守り、母としての役割を果たしました。その姿にムスリムフェミニストの人たちは理想を求めるわけです。どちらもイスラームを抜きに語ってはいないのです。国連の差別撤廃条約をめぐっての賛成する部分、反対の部分それぞれありますが、各国それぞれに女性の地位を高めようと、それぞれの国の事情を反映しつつ、精力的に活動をしています。特に注目されるのは、2000年代になって、こうした活動の最先端に立っているムスリマたちが、自国の中だけの運動ではなくて、国際的な連盟を組んで共同してやろう、という動きが非常に活発になったことです。立場を超えて、経済的貧しい女性たちに配慮しつつ、自由と自立を勝ち取るムスリマたちの熱い戦いが今後も続いていくことでしょう。