2013年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第7回 松岡先生 5月29日 4/6
インド:宗教と紛争
そのほかインド独特の宗教もありますが、よく知られているのはシク教です。16世紀にグル・ナーナクという人が始めました。グルは導師という意味で、ヒンドゥー教とイスラーム教を批判し、両者のいいとこどりをして形成されました。体に生えてくる毛に剃刀を当てることを禁止されているため、成人男性は髪の毛を丸めたものをターバンで覆っています。日本では一時期、ターバンをして髭を生やしているシク教徒がインド人のイメージとして定着した時もありました。シク教徒は、イスラーム教やヒンドゥー教の戒律にある豚肉や牛肉の禁忌などに縛られなかったことから、海外進出が盛んでした。日本にも商売で来ていたシク教徒が多かったため、インド人といえばシク教徒、となったのですね。
あとインド特有の宗教には、ジャイナ教もあります。マハーヴィーラという人がブッダと同じ頃に始めたもので、生き物を殺さない、という不殺生が強い戒律になっています。
それからパールシー教、つまりゾロアスター教(拝火教)の信者もいます。これはイランにイスラーム教が入ってきた時に、ゾロアスター教の人たちがイランから逃れてインド西海岸にやって住み着いたもので、彼らをパールシー(ペルシア人、ペルシアの宗教の信者)と呼びます。火が神聖なので、遺体を焼くことはせず、鳥に食べさせる鳥葬をします。
それでは映像で、いろんな宗教の姿を見ていただきましょう。

①ヒンドゥー教のガネーシャ神を祭るお祭りの時、家庭で行う祈り
 http://www.youtube.com/watch?v=Eo_bKjMwQBc

②イスラーム教徒のハッジ(巡礼)〜映画『クーリー(Coolie)』(1983)より
http://www.youtube.com/watch?v=Wkc4zCVvf1M

③シク教徒のお祭り〜映画『愛国の色に染めて(Rang De Basanti)』(2006)より
http://www.youtube.com/watch?v=Te9mIbC3roA

こういう世俗国家のインドなのですが、たくさんの宗教の信者がいることによって、軋轢、紛争が生じているという現実があります。何もなければ、本当は異なる宗教の人たちが仲良く暮らしていたのだけれども、そこに政治が関与してくると宗教観の対立が生み出されてくるのです。
インドでは中世にイスラームの王朝がたくさんできました。そこでイスラーム文化が花開き、改宗する人が出てきました。でもヒンドゥー教徒が追い出されたわけではなく、従来通りその土地住んでいました。そこにイギリスがやってきて、インド(現インド、パキスタン、バングラデシュ)を植民地化して統治する。そうすると次第に、イギリスからの独立を目指す反英勢力が大きくなってきます。
1885年、インド国民会議派という政党が成立し、インドは独立に向けて具体的な行動を始めます。これは、イギリスにとっては非常な脅威だった。そこでイギリスは、デバイド・アンド・ルール、つまり分割して統治する、という方針を打ち出します。
1905年、イギリスはベンガルを二つに分けるということをいい出します。ベンガル地方は、今のバングラデシュとインドの西ベンガル州を合わせたもので、現コルカタ、昔はカルカッタと言った街が当時は英領インドの首都でした。高度な文化が花開き、独立運動もここが中心だった。ベンガル東部はイスラーム教徒がたくさん住んでおり、西部はヒンドゥー教徒が多かったのですが、これに目を付けたイギリスは、統治する地域としては広すぎるから分ける、と言い出し、ベンガル分割令が発令されます。
そうすると、これまでインド国民会議派という政党に一本化して独立運動をしていこうとしていた人たちの中で、インド国民会議派はヒンドゥー教徒の政党ではないか、イスラーム教徒はイスラーム教徒だけで政党を作らなくてはいけないのではないか、という意見が出て来ました。そこで1906年には、全インドムスリム連盟という政党が成立し、イスラーム教徒を代表する政党となっていきます。
この結果、独立を目指すための大きな団体が2つできてしまいます。両者は話合いを持ちますが、イスラーム教徒の権益を守れ、いや、ヒンドゥー教徒は違う、といったように徐々に両者の間に溝ができていきます。とうとう1947年の独立に際しては、結局インドと、東西に分かれたイスラーム教国パキスタンに分離して独立することになってしまいました。
そして独立の直前から直後にかけては、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒がぶつかる大きな暴動が各地でおきることになったのです。ことに、独立を契機にパキスタンに移動するイスラーム教徒、インドに行こうとするヒンドゥー教徒の間で混乱が生じ、大規模な殺戮事件が国境地帯の各地で発生します。その時の記憶は今でも根強く残っており、インドとパキスタンは分離独立後、敵対関係を何十年も引き摺ることになってしまいました。
さらに両者は、1948年に一度戦争状態になったほか、1965年、1971年と三度戦火を交えます。71年の時は、東パキスタンが独立してバングラデシュとなるのですが、それをインドが支援して軍を派遣したため、インドとパキスタンの戦争になってしまったわけです。