2013年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第7回 松岡先生 5月29日 5/6
インド:宗教と紛争
バングラデシュ独立もあって、インドとパキスタンはさらに敵対関係が深くなった。国同士の敵対関係はよくあることかもしれませんが、それが、パキスタン=イスラーム教徒、インド=ヒンドゥー教徒と考えられて、宗教の争いになってきてしまっています。インド国内にはイスラーム教徒が13%くらいいるのですが、ヒンドゥー教徒とも普段は仲良く暮らしているのに、インド・パキスタン戦争などがあると、イスラーム教徒はパキスタンのスパイだ、パキスタンに帰れ、とかヒンドゥー教徒が言い出したりします。
さらにインドでは、1990年代に入ると右翼政党の力が非常に強くなってきます。それまで政権を握っていた国民会議派が弱体化し、いろんな政党が乱立した結果、右翼政党の主張が人々の心をつかんでしまうのです。こうしてヒンドゥー・ナショナリズム、つまりヒンドゥー教徒がこの国の中心だ、という主張が強くなってきます。  
そして1992年に、アヨーディヤのモスク破壊事件が起きます。アヨーディヤはインド北部の小さな町ですが、「ラーマーヤナ」のラーマの都と言われています。ここにバーブリー・モスクというイスラーム教寺院があり、これはイスラーム教徒の侵入時にヒンドゥー教寺院を壊して、その上に建てられたものだ、という話がいつのまにか広まっていきます。ラーマ様の都アヨーディヤに元々あったラーマ寺院が、イスラーム教徒の侵入で破壊されてモスクが作られた、ということがまるで事実のように広がっていき、そのモスクを壊してラーマ寺院を再建しよう、という主張が、当時のヒンドゥー・ナショナリズムの嵐の中で大きな力を持つスローガンになっていくのです。
そしてついに1992年の暮れ、ヒンドゥー教徒過激派の人たちがバーブリー・モスクを破壊します。緊張が続いていたので軍がモスクを守っていたのですが、ヒンドゥー教徒による破壊を軍は傍観していたとも言われています。これが契機になって、イスラーム教徒が反発して立ち上がり、するとまたヒンドゥー教徒が襲う、ということが重なって、北インド全体にわたって暴動事件が頻発します。最終的には鎮圧されますが、たくさんの流血の惨事があったため、イスラーム教徒とヒンドゥー教徒の亀裂が深まりました。
その後もいろんな小競り合いが続いていて、2002年には、グジャラート州のアフマダーバードでヒンドゥー教徒の巡礼列車がイスラーム教徒に襲われ、逃げられなかった人々が列車内で焼き殺されるという事件が起きてしまいます。巡礼といっても、彼らは、何年も懸案になっていたバーブリー・モスクの跡地にヒンドゥー教寺院を建設するために、全国から動員がかけられてグジャラート州から行っていた人たちなんですね。こういう事件もあって、なかなかヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間の溝が埋まりません。
それでは、1992年のアヨーディヤのモスク破壊を描いた、『ボンベイ』(1995)という映画の一部分を見ていただこうと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=CJ8WVH784_4

監督のマニラトナムは、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の融和を目指してこの作品を作りました。南インドに住むイスラーム教徒の娘とヒンドゥー教徒の青年が恋をして、ボンベイで駆け落ち結婚し、双子が生まれる。片方にはイスラーム教徒の名前、もう片方にはヒンドゥー教徒の名前をつけて、両宗教で仲良く暮らしていこうとしたのに、それが暴動で壊される、というストーリーです。ただ、映画化すると当時の記憶を甦らせてしまう、という点もあるわけで、それを危惧して、裁判所から一部カットの命令が出たりしました。そういうところが、映像表現の難しいところなんですが、監督は、宗教が違うだけで殺し合うことはおかしい、と主張したかったわけです。

これらの紛争を抑止する文化力、なのですけれども、この『ボンベイ』のように、映画では異なる宗教間の融和を訴えるものが多いです。インドでは映画が年間1500本ぐらい作られ、全国民が映画好きのため、そういう主張が盛り込まれていれば一般大衆に伝わっていきます。映画の大きな影響力を利用して、宗教間の融和が推進されています。
「きっとうまくいく」という最近公開された映画では、主人公のランチョーとその友人ラージューの二人はヒンドゥー教徒、もう1人の友人ファルハーンはイスラーム教徒です。これは名前で宗教がわかるのですが、この3人が仲良しで、大学で寮生活をしている。そこにはジョイ・ロボという学生もいて、彼はキリスト教徒です。このように、いろんな人が仲良く暮らしている、という姿が映画の随所に潜ませてあるのが普通です。映画を見ているうちに、無意識にではありますが、いろんな人が共存しているのがインドなんだ、というのがわかるわけです。

『きっと、うまくいく』チラシ
『きっと、うまくいく』チラシ