2013年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第9回 松岡先生 6月12日 1/5
インド:ガーンディーの思想と紛争

  <レジュメ>

1.マハートマー・ガーンディーについて
  本名:モーハンダース・カラムチャンド・ガーンディー
  愛称:マハートマー(偉大なる魂)、バープー(父)

ガーンディー

<年譜>
 1869年 現グジャラート州カーティヤーワール半島の
      小さな藩王国ポールバンダルに生まれる。
 1883年 カストゥールバーイーと結婚。
 1891年 4年間のイギリス留学で弁護士資格を得て帰国。<インドの紙幣に描かれたガーンディー>
 1893年 訴訟事件の依頼を受けインド人移民が多いイギリス領南アフリカのナタールに渡る。
     以後22年間南アに滞在、インド人移民の年季契約労働者の市民権獲得運動を指導、
      "サティヤーグラハ"運動を展開する。
 1915年 インドに帰国。アフマダーバード郊外にアーシュラム(修行場)設立。
 1917年 ビハール州のインディゴ(藍)小作争議を指導。
 1918年 グジャラート州アフマダーバードの繊維労働者争議や、同州ケーダーの地税不払い運動を指導。
 1919年 第一次サティヤーグラハ運動→イギリスの虐殺事件発生で運動一時停止。
      〜反英闘争により、民族運動の指導者に。言論週刊誌を2種発行。
 1922年 チャウリー・チャウラーで警察署襲撃事件発生。運動の停止を指示。
      逮捕され、6年間の禁固刑を受ける。(1924年釈放)
 1930年 第二次サティヤーグラハ運動→塩の専売に反対し、海岸に行き塩を作る"塩の行進"を行う。
 1931年 ガーンディー=アーウィン協定成立、運動一時停止。訪英し英印会議出席。
 1932年 ガーンディー逮捕。獄中で断食。
 1933年 獄中より指示し、プネーで「ハリジャン」紙創刊。
      釈放→再逮捕で1年の刑→獄中で断食→釈放
 1934年 第二次サティヤーグラハ運動停止/ガーンディー、国民会議派からの引退を表明。
 1942年 国民会議派「インドを立ち去れ」決議採択。ガーンディー逮捕される。
 1944年 妻カストゥールバーイー死去。
      ムスリム連盟のジンナー(パキスタン建国の父)と会談。
 1947年 インド・パキスタン分離独立。
 1948年1月 ビルラ邸に滞在中、狂信的なヒンドゥー至上主義者によって暗殺される。

2.ガーンディーの紛争解決方法
  ①サティヤーグラハ(真理の把持)
   「非暴力、不服従という誓いが、それを守りきることによって大願を成就する力を持つ真実の言
    葉(サティヤ)となることに徹底的にこだわること(アーグラハ)」(「南アジアを知る事典」より)   ②アヒンサー(非暴力)(漢訳語では「不殺生」とも)    〜暴力的手段を用いず、イギリス政府への不服従、非協力運動を展開する。     時には断食も手段に取り入れる。 3.ガーンディーの限界点   ①"サティヤーグラハ"と"アヒンサー"にこだわる余り、運動が高揚してガーンディーの    思惑外の行動が起きた時はただちに運動を停止。   ②農民や労働者の運動が階級的色彩を帯びることに反対。   ③「不可触民」差別の解消→名称を「ハリジャン(神の子)」に    〜カースト制度自体の存在は「ヒンドゥー教の根本的な制度」として容認。    カーストとは    caste(←casta)--ヴァルナ varna(四種姓)           | 再 ├バラモン(司祭階級)           | 生 ├クシャトリヤ(王侯・武士階級)           | 族 ├ヴァイシャ(庶民(農牧商)階級)           |   └シュードラ(隷属民)           |    指定カースト(ダリト)           |            --ジャーティ jati(職能集団)   ④ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒対立の解消も実現出来ず、解消を    目指したがゆえに暗殺される結果に。 4.ガーンディーの再評価ブーム  『私はガーンディーを殺していない』(2005年/ヒンディー語)     監督:ジャヌ・バルア/主演:アヌパム・ケール     ※2006年アジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映     〜認知症にかかった元大学教師が、幼い頃の自分の行動が元でガーンディーが     殺されたと思い込む。娘や知人が彼の意識を解放しようとするが...。     私はガーンディーを殺していない  『その調子で、ムンナ・バーイー』(2006年/ヒンディー語)     監督:ラージクマール・ヒラニ/主演:サンジャイ・ダット     〜ヤクザのムンナ兄貴にある時からガーンディーの姿が見え始めた。     ガーンディーの忠告に従って繰り出すムンナ兄貴のアドバイスは評判になっていき...。     その調子で、ムンナ・バーイー  『ガンディー、わが父』(2007年/ヒンディー語)     監督:フェロス・アッバス・カーン/主演:アクシャイ・カンナー     ※2007年東京国際映画祭で上映     〜父ガーンディーの期待に応えられない息子ハリラールの悲劇。     ガンディー、わが父  [参考映像]    『ガンジー』(Gandhi/1982年/イギリス・インド/英語)     監督:リチャード・アッテンボロー/主演:ベン・キングズレー  [参考文献]     M.K.ガーンディー/田中敏雄訳注「ガーンディー自叙伝 真理へと近づくさまざまな実験 Ⅰ/Ⅱ」      東洋文庫/平凡社、2000.     M.K.ガーンディー/田中敏雄訳注「真の独立への道-ヒンド・スワラージ」岩波文庫、2001.     M.K.ガーンディー/田中敏雄訳注「南アフリカでのサティヤーグラハの歴史       非暴力不服従運動の誕生 Ⅰ/Ⅱ」東洋文庫/平凡社、2005.