2013年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第4回 土佐先生 5月08日 1/9
東アジアの領土紛争
今年のテーマは紛争と文化力ということですが、最初にお断りしておかないといけないのは、私も含めてここで講義される先生は、そういうお話は基本的に苦手だということです。私は文化人類学を専門にしておりますけれども、異文化について学ぼうとしている人は、その地域の社会や歴史というものをまず尊重し、彼らの文化を内側から理解しようとずっと努めてきたわけですから、自文化と異文化の関係を争いごとから説くのがあまり得意ではありません。
ただ、最近、アジア近隣国との葛藤が見過ごせない水準に入っているのかなという感じが私個人もしておりまして、一研究者としてそういう問題に対してどんな発言ができるか、自分なりの課題として今回の講座を利用させていただき、まとめてみようかなというつもりで参りました。
私の主なフィールドは韓国です。今回のリレー講義は4人で3回ずつ分担することになりまして、おそらく皆さんにいちばんご関心のあるであろう中国の話が抜けてしまいました。それで、私は専門的に詳しいわけではありませんが、私の話の中で中国にも少し触れていこうと思っています。あまりきな臭い話ばかりになると聞いていても楽しくないので、そのくらいの比重で取り扱う方がいいのかもしれませんし。
今回は韓国と中国との領土問題についてお話しします。しかし、最初にお断りしたように、私は国際政治学とか国際紛争の専門家でもありませんので、あくまで文化人類学的に見たときに、常識的な理解にどんなプラスアルファが付け加えられるかを意識してみたいと思います。マスコミで報道されていることと正面から違うわけではありませんけれども、多少違った切り口が提示できればなという感じでお話しさせていただきます。

いきなり大上段ですが、まず、人間にとって争いごと、戦争・戦闘とはどういうことかについて考えてみます。人類学の一つの特徴というのは、人間というものを文明社会とか歴史社会よりもう少し初源的な枠組みから考えることです。人類がいつ生まれたかという説は色々ありますが、ホモサピエンスが現れた十数万年前を基準としても、その中で歴史や文明を持つようになったのはせいぜい数千年に過ぎません。人間にとって、それ以前の生活のあり方とか価値観、ものの感じ方のほうがはるかに根源的なものとして現代人をも支配しています。そこで、文字を持たない人々とか、いわゆる未開民族といわれている人々、そこから逆に文明を見つめ直していくというのが文化人類学の一つの特徴です。
そういう趣旨で、まず頭に浮かんだのが『セデック・バレ』という映画です。ちょうど今(2013年5月)、渋谷のユーロスペースでやっています。2部作で合わせて4時間半以上という大作ですが、私は二日かけてなんとか見ました。この映画が人間と戦争のことを考えるのに、一つのヒントになるんじゃないかと思います。
これは、台湾の日本統治時代に「霧社事件」という、無文字社会に生きるいわゆる原住民といわれる人たち――今では高砂族と呼ばれてますけれども――が起こした反乱があり、多少の脚色はありますけども、この事件をほぼ歴史的事実に基づいて描いたもので、台湾で大きな話題になった映画です。2011年にできたばかりの新しい映画で、監督はウェイ・ダーションというまだ若い監督で、製作は香港のジョン・ウーという世界的に有名な映画人が担当し、日本人の俳優もたくさん出ている映画です。
「霧社事件」というのはどういうものかを簡単に説明いたしますと、1930年――台湾が植民地にされたのは1895年でしたから、日本統治時代の後期にあたりますが――、そういう時期に台湾中部の山岳地帯に住む原住民が日本人を相手に引き起こした蜂起です。当時の原住民にたいする植民地政策を、理蕃政策と呼んでいました。「理蕃」というのは、「蕃」、すなわち野蛮人を文明化するという意味です。まだ文明化されてない人々のことを「生蕃」と呼び、それが文明化されて都市なんかに住むようになると「熟蕃」といって区別していました。原住民には複数の部族がいまして、その中のセデック族という人々から来たタイトルです。
セデック族のリーダー、モーナ・ルダオが、日本人に対して持っていた日頃の鬱憤を晴らすために蜂起します。300人ぐらいが一緒になって、中部山岳地帯に散在する駐在所を襲い、霧社公学校の運動会にちょうど日本人がたくさん集まっている時を狙って、約140人の日本人を殺害するという非常にショッキングな出来事でした。
一般に台湾というのは、朝鮮に比べると親日的だということがよく強調されますけども、朝鮮ではこれに相当する蜂起は起こっていません。日本人が植民地でこれだけ襲われるということは前代未聞の出来事で、すぐさま警察と軍隊を動員して近代兵器で立ち向かうんですけども、非常に苦戦します。原住民といわれる人々はまだ未開の状態にいるので、簡単に近代兵器でやられると想像されるかもしれませんが、逆です。とくに初期の銃というのは弓矢とか槍に比べると殺傷能力に劣ると言われていますが、日本は苦戦したあげく毒ガスまで使って何とか鎮圧したといわれます。