2013年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第4回 土佐先生 5月08日 6/9
東アジアの領土紛争
ですから、独島は譲れないという主張は、全国民的に共有されている考え方、感情であり、大げさにいえば世界観と評することも可能です。学校教育はもちろんのこと、メディアから日常的な場面まで含めて、独島/竹島は韓国のものだという声が全国民の意識に刷り込まれています。そこまで民族主義的な表現や好戦的な主張が執拗に反復され、日常的に観察できるレベルまで氾濫している中で、冷静な対応というのは非常に難しいと思います。
一方で日本では、つい去年まで全く無関心でした。こういう話をしてもピンとこない人が多かった。しかし、大統領の上陸パフォーマンスで、一気にヒートアップしてしまいました。大統領がどうしてあの時点で上陸するのかというところから、まず日本人にとってよく分からないと思うんですけども、あれもそれなりの流れというか経緯がありました。
あまり民主党の悪口ばかりいいたくありませんが、やはり外交が下手でしたよね。従軍慰安婦問題とかも含めてその対応が非常に不誠実だったので、韓国からすれば大統領を追い込んでしまったところがあった。一説には政権内の陰謀だという声もあります。政権末期に落ちるところまで落ちた人気を挽回させるため、誰かが耳元でささやいたのかもしれません。結果としてはそれで日韓関係が非常におかしな方に行ってしまったので、おそらくご本人は後悔していることでしょう。
ただ、これを現時点だけ見ると大変な部分もありますけども、そんなに大きな問題じゃないともいえます。少なくとも日本側が冷静になれば、そんなに大きな利害を感じている人はいないわけですし。韓国の方も変なパフォーマンスさえしなければ、すでに実効支配しているわけですから、これ以上は悪くなりようがないと思います。
一つの具体的打開策として、芹田健太郎という国際政治学者は次のような提言をしています。


「日本人が韓国人との和解の印に、日本が竹島を韓国に譲渡または放棄し、韓国の竹島に対する主権を認め、同時に、西日本海での漁業資源の保全のため日韓がそれぞれ資源管理を進めることができるように鬱陵島と隠岐諸島を基点として排他的経済水域の境界画定を行う。そして、竹島は自然に戻し、自然保護区として12カイリの漁業禁止水域を設け、すべての国の科学者に開放する。日韓でこうした内容の条約を結ぶのはどうであろうか」(『日本の領土』中公文庫)。


単に譲るということですと、日本国内にも反発があるでしょうし、国際的なルールを反故にすることにもなるので、一帯を人間の手が入らないような自然保護区として残し、水資源の保全を図ろうじゃないかというわけです。ああいう小さな岩礁で日韓関係がこじれるというのは本当にばかげたことなので、こういうことを働きかけていこうという提言が専門家の間でもなされています。
ただし、同じことを韓国側から提言するというのははるかに難しいです。それでも、一部の知識人には近いことを提言される方もいます。ちょっと前まではそういうことを口にしたら殺されかねない空気だったので、それに比べれば韓国も変わってきています。韓国で政治家や知識人がこういうことを言うのはまだ非常に勇気が要ることですが、一筋の光が見えているのではないかと思っています。

もっと深刻なのはこちらです。尖閣諸島、中国では釣魚島と呼んでいます。ここも詳しいことはあまり知られていない地域で、日本でいちばん近いのは石垣島です。石垣島と台湾からほぼ等距離にあって、中国の沿海からはちょっと遠い。沖縄本島からも遠い。尖閣諸島という名称が示すように、複数の島――五つの島と三つの岩礁――からなっています。
これも今までは棚上げにされていたものが、石原都知事による、今度は日本側の政治的パフォーマンスで一気に過熱化してしまったという、さっきの話と構図的にはよく似ている話です。しかも、国有化とか都が買い上げるというのは厳密にどこのことかというのは意外に知られていない。まず、これも駆け足でこれまでの経緯を説明いたします。
1879年に琉球藩を廃して沖縄県ができます。その後、1895年に沖縄の所轄となりました。当時の清朝に確認を取った上で領有しているので、竹島と同じように国際法上はこれは明らかに日本の領土です。
ところが、こちらも日清戦争や台湾領有と絡み合っているので、話がややこしくなるわけです。翌年に民間に30年間の無償貸与ということで、日本政府から古賀という人に貸与します。そこでかつお節工場を建てたりして、一時は人が住んでいましたけども、なかなか事業が成り立たないので1940年頃にはもう事業を断念して、これ以降は無人島です。
1952年にサンフランシスコ講和条約で沖縄の直轄下になっていますけども、アメリカは曖昧な立場を今日まで貫いています。
岩礁ではなくて島だといっても、やはりほんの小っちゃな誰も住まないような島ですし、それ自体には誰も興味を持っていないものです。これが熱い問題になったのは、1969年にどうやらこの地下に大きな石油資源が眠っているらしいといわれてからです。どのぐらい本当なのか分からないんですけども、国連の科学機関の調査によってその可能性が明らかにされると、俄然、台湾と中国は領有権を主張し出しました。71年のことです。