2013年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第4回 土佐先生 5月08日 8/9
東アジアの領土紛争
<東アジア紛争略史>
1840年 阿片戦争
1894年 日清戦争
1904年 日露戦争
1913年 第一次世界大戦
1931年 満州事変
1937年 盧溝橋事件。日中戦争勃発
1939年 ノモンハン事件
1941年 真珠湾攻撃。太平洋戦争(大東亜戦争)勃発
   
1950年 朝鮮戦争
1960年 ベトナム戦争
1958年 大躍進政策
1962年 中印戦争
1969年 中ソ国境紛争
1979年 中越戦争
   
2006年 北朝鮮が核実験実施
2010年 尖閣諸島中国漁船衝突事件
2012年 韓国大統領が竹島に上陸。中国で反日デモ激化。


じっくりお話しする時間はありませんが、この表は19世紀後半から東アジアにおける主だった戦乱を回顧したものです。この地域の近代にやはり大きな戦争がたくさんありました。
三つの時期に分けられますが、一つは19世紀から太平洋戦争が終わるまでです。この時期は、欧米からの植民地支配が東アジアにまで及んできたことが一つの大きな背景ですけれども、その後は明らかに日本が引き起こした戦争ばかりです。ロシア、中国、そしてアメリカまで相手にして、東アジア地域を大きな戦争の渦に巻き込んでいきました。
日本としてはここでおしまい、それからはまとめて「戦後」という意識です。実際その後、日本は非常に平和な社会になっていったわけですけども、東アジア全体で見るとそこで終わっていなくて、その後に戦乱はまだずっと続いていたわけです。これが第2期です。
この時期は、戦争の主体はアメリカと中国です。中国は日本から見ると日本との対立だけが目立っていますけども、今も日本とだけ対立しているんじゃなくて、領土問題では東南アジアとも対立していますし、この時期はインドとも戦争していますし、朝鮮戦争ではアメリカとも戦っています。そして、ベトナムやソ連とも戦争している。
ですから、ある国がある段階で戦争に邁進する時期というのはやっぱりあるようですけれども、この二つの時期から見ると、三つ目の時期――1990年代以降――というのは、いくつかの危機的なモーメントと見えるものがあるんですけれども、それまでの二つの戦争集中期から比べると、これが次の戦争のサイクルにつながるかどうか。誰にも断言できないでしょうが、大きな流れで見ると、戦乱の端緒というか序奏曲でとどまっているのが今の状況です。
北朝鮮が核実験をしたりとか、尖閣諸島で中国の漁船と日本の海上保安庁が衝突したり、あるいは韓国の大統領が竹島に上陸し、あるいは中国で反日デモが激化したりとか、いくつかの出来事は皆さんの記憶にも新しいと思いますが、今までの戦争のサイクルから見ると、火種にとどまっています。
火種とはいえ、北朝鮮にしても中国にしても、どうしてあそこまであからさまにきつい言葉で立場を主張するんだろうかと思っている日本人は少なくないと思います。これは、東アジア的と言ってしまっていいのかどうか分からないんですけが、やはり21世紀になってもなかなか自民族中心主義というものが和らがないという問題があります。
自民族中心主義(ethno-centrism)というのは人類学でよく使う言葉ですけども、簡単に言うと、自分の民族が世界でいちばん偉い、自分が世界の中心だと思っているような傾向です。人類学者というのは世界中のいろんな民族のことを研究してきているんですけども、おそらくこれはあらゆる民族を通じていちばん普遍的に見られる傾向の一つです。
国家まで大きくなったとき、この性向をあまりあからさまに出すと、以前のヨーロッパのように世界大戦になりかねないので、国家のエゴを弱めてもう少し普遍的な共同体を模索していくようになるんですが、東アジアはなかなかそこに至ってないということです。

政治的レトリックといえばそれまでですけども、たとえば北朝鮮のテレビのアナウンサーのしゃべり方みたいなものは、戦前の日本に近いものを彷彿とさせます。あるいは、中国では報道官という役人がテレビに出てきますが、どうしてもうちょっと柔らかく言えないのだろうか、あれではかえって中国のイメージダウンになるんじゃないかというような印象を受ける人も少なくないと思います。自分の主義主張を強く一方的に押し出すというか、自分の正しさを主張するため敵と見なしたものを徹底的に恫喝する傾向が東アジアにはいまでも残っています。その結果、軍事的・政治的リアリズムが他者に対する寛容や共感を圧倒しているというのが、今日の東アジアの偽らざる姿ではないでしょうか。