2013年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第6回 土佐先生 5月22日 1/7
東アジアのスポーツ・ナショナリズム:競合と相互依存のモデル
今日は、スポーツ・ナショナリズムという切り口から、主に韓国、そして中国についてもお話いたします。なぜスポーツかといえば、まず、スポーツという分野が、社会や文化の発展と国家との関係を見るのに非常に適しているからです。
スポーツと国民国家(ネーション・ステート)との関係を、スポーツ・ナショナリズムという言葉で表しまして、わたしはかれこれ10年以上前から、韓国の事例を通じて自分の研究テーマの一つとして追究してきました。この数年、日本の事例と中国の事例も含め、東アジアの国際共同研究を始めています。今日はそういう成果の一部を、皆さんにお話しできればと思っています。
スポーツをとらえる見方にはいろいろあります。まず踏まえるべきは、野球だとかサッカーだとかテニスのような競技スポーツは、歴史的に非常に新しいものだという点です。剣術や相撲のような伝統的なスポーツもないわけではありませんが、今世界中に普及しているものは、ほとんど19世紀以降、特にイギリスの帝国主義とともに広がっていったという歴史を持ちます。スポーツはその誕生から、帝国主義やネーション・ステートの成長と非常に深い関係を持っています。そういう歴史を持つスポーツにはいろんな見方があります。
一方には、ジョージ・オーウェルに代表される見方があります。オーウェルは皆さんもよくご存じだと思いますが、イギリスの作家として非常に有名な人です。彼は、スポーツというものを非常に批判的に見ることで知られています。「Sport is war minus the shooting.」という彼の有名な言葉があります。スポーツというのは、要するにやっていることは戦争と同じなんだ、実際に銃で撃ち合ったりしないだけで、特に国と国との対抗では戦争と同じだというわけです。オーウェルは、若いころしばらくビルマの植民地行政官を勤め、その後はヨーロッパを転々としながら文筆活動に打ち込み、46才の短い生涯を終えます。スポーツを断罪するこの言葉は、短い人生の晩年近く、ちょうど第二次世界大戦から冷戦構造への転換期に書かれました。ソ連とイギリスとのサッカーの試合で観衆が非常に興奮して、殴り合いのけんかに至るようなものを目撃し、文明にとってスポーツとは敵だと見なすような文章を書きました。
その対極に、エリアス的な見方があります。エリアスというのはドイツの社会学者で、西洋社会が、いわゆる野蛮な状態から文明化していく長い歴史的変化について追究してきた学者です。彼がエリック・ダニングと組んで出した『スポーツと文明化』という本があります。それによれば、例えばサッカーの起源に当たるような競技は、イギリスではもともと血なまぐさい乱闘状態に近いものだったといいます。そういう拳と拳の戦いが、フェアプレーの精神とルールに基づく近代スポーツへと変貌したのが、だいたい19世紀ぐらいです。それは、イギリスで議会政治が成立したころと同時期であって、両者の発展に深い関係があるというのが同書の基本的な主張です。今でもスポーツには、暴力や野蛮な現象がつきものですが、長い目で見れば文明化の過程の方が支配的だというわけです。
この両方の見方が大事だと思います。東アジアでスポーツが果たしてきた役割についてそうした両面から考えることで、この連続講義の大きなテーマである、紛争と文化力との関係について明らかにする恰好の視点を得られるのではないか。その意味で、スポーツ・ナショナリズムという概念は、学術的にはきちんと取り上げられることが少ないのですが、非常に重要なものではないかと思っています。
定義をもう一度押さえておきますが、スポーツ・ナショナリズムとは、国民・国家(nation-state)とスポーツとの結びつきがもたらす複合的な社会現象のことです。スポーツという制度を通じて、プレーヤー、観客、そして国民がそれに巻き込まれていく、そういう中で、国民としての連帯、団結というものが再生産されます。国家の中ではそうですけれども、一方で、相手がいないと競技は成り立ちませんから、国際的な結びつきを同時に作りだしていくような過程までが含まれます。
具体的なデータから始めましょう。日中韓のオリンピックの金メダル数を比較したグラフですが、最近の日本は、完全に中国や韓国の後塵を拝しています。しかし、少なくとも1970年代までは圧倒的に日本の方が強かった。アジアで日本に対抗できるスポーツ強国は存在しませんでした。それが逆転したのが80年代です。それ以降は、どんどん地位が下落しており、これは日本の国力のある面を象徴しているような気もします。しかも経済などの面よりも、逆転現象の起きたのが先んじています。この傾向は、アジア大会でもっとはっきりと現れています。全体のメダル数が増える中で、日本の成績はずっと横ばいです。1986年はソウル大会の年でしたが、ここで日本と韓国が逆転しました。中国の場合はもう少し早く、1982年のニューデリー大会で逆転現象が起きました。

オリンピック金メダル数比較
アジア大会金メダル数比較