2013年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第6回 土佐先生 5月22日 4/7
東アジアのスポーツ・ナショナリズム:競合と相互依存のモデル
スポーツ選手のエリート養成は、国家がトップダウンで進めてきたものですが、同時に国民が支持しているからできる部分もあります。全部税金でやっているわけで、その時にメディアの果たす役割は非常に大きいものです。
具体例で見てみましょう。ワールド・ベースボール・クラシックという野球の世界選手権があります。今年は韓国は予選で負けてしまいましたし、日本も決勝トーナメントに進んだものの早々と負けてしまったので、もう一つ盛り上がりませんでした。しかし、前回の2009年は韓国、日本とも決勝トーナメントに進み、最終的に日本と韓国が決勝戦で当たりました。それまで予選などでは韓国が勝っていたんですが、最後の最後になって日本に負けてしまいました。ですが、世界のナンバー2になり、日本と非常にいい戦いをしたということで、韓国はものすごく熱狂しました。
韓国にも日本と同じようなスポーツ新聞があるので、その時に主要4紙を使ってどういうレトリックが目立つか分析してみました。その結果、5種類のレトリックが支配的だと分かりました。こういう分析や比較はあまり例がないので、韓国だけの特徴とはいえませんが、それは次のようなものでした。まず、賞賛、祝福です。自分たちのチームを、美しい、偉大な、幸せでしたというような修辞で祝福する。2番目は一体感の強調です。一つになる、一丸となる、テーハミングック(大韓民国)の連呼などです。3番目は日本でもよく見られますが、軍事的メタファーです。例えば勝つことを制覇するとか、世界征服、版図再編、大長征、決闘、撃破などの表現を好んで使います。4番目に、最近のスポーツは、やはりビジネスと非常に大きなかかわりがあり、勝つことでどれだけの経済効果があるかという記事が目立ちます。皆がテレビに釘付けになったためコンビニの弁当の売り上げが伸びたとか、興奮して不景気が吹っ飛んだとか、そういう記事です。最後に敵意を挙げることができます。しかし、反日感情が比較的ストレートに表現される韓国ですが、マスメディアにあからさまな敵意が表現されることはそれほど多くありません。全体として、こういったレトリックが総動員されることで、スポーツ観戦にたいする知覚の様式が決定されていると見ることができます。
メディアと国民の熱狂との結び付きを考えるもうひとつの例として、街頭応援を取り上げてみます。これまでで一番盛り上がったのは、日韓ワールドカップの時の街頭応援でした。みんなナショナルチームの赤いユニフォームを着ているので、レッドデビルという呼び方がはやりました。ソウルの支庁前の広場はかなり大きい場所ですが、韓国戦があるたびに立錐の余地もないほど群衆で埋まってしまいました。そこだけでなく、全国津々浦々で盛り上がったといわれます。韓国警察庁の発表によれば、イタリア戦で420万、スペイン戦で500万の群衆が全国各地で繰り出したとされます。ピークは準決勝でドイツと当たったときでしたが、ソウル支庁前に80万人が集まり、全国で700万人が街頭に出て応援をしたということです。
最近はパブリックビューイングといって、テレビで応援するだけではなくて、日本でもどこかのスタジアムに集まったり、あるいはもうちょっと小さな規模で、店とかに数十人集まるというのはあります。しかし、何十万人が一時に集まるというのは、おそらく世界的に見ても韓国だけだと思います。これに比肩できるのは、メッカの巡礼ぐらいのものではないかというくらい突出した現象です。これは、ナショナリズムといえばナショナリズムなんですが、暴動とか反日デモに結び付くような性格はまったく持っていません。参加者には若者、特に若い女性が意外に多いということがよくいわれています。韓国や日本の知識人で、これに対して批判的なコメントを加えた人は、ほとんどいません。排他的なナショナリズムではなくて、開かれた雰囲気で、国民が自発的に楽しんでいるという現象ならいいんじゃないかという見方です。ただ、一見自発的な現象に見えるけども、実はこれは企業が作っているメディア・イベントという指摘もありました。
韓国に携帯会社で有名なSKテレコムという財閥系企業があります。それが、この時にテレビで繰り返し流したCFがありますが、街頭応援の作法を教えている内容が確認できます。これ以外にも複数のバリエーションがありますけども、いずれもハン・ソッキュという韓国を代表する俳優が作法を教えています。拍手を5回、それからテーハミングックとみんなで叫びましょうと。国や特定の企業が先導したからといって、何百万も繰り出すような現象は起きません。ただ、現象の背後に特定の企業戦略が働いていて、国民の動員や一体感の演出に寄与していたことは否定できないと思います。