2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの紛争と文化力」

第4回 青柳先生 12月22日 3/10
死者は海の彼方へ―ニライカナイの時空
ここで注目すべきなのは、「外来文化との接触」という現地の人々の間に起こった具体的な出来事が古来の神話や信仰、あるいは儀礼に則したものの観方=即ち「地元の論理」に照合されつつ、集団的な体験(collective experience)が筋立てられ、地元の社会構造の中に組み込まれていく経緯です。この点についてサーリンズは、「人間は自分達の企図を組織し、既存の文化秩序に基づいて自分達の企図に意義を付与する。そしてこの意味において、文化は行動の内に歴史的な再生を果たす。」といい、また「人間は特定の出来事を通して従来の世界観を創造的に見直すことができる。文化は行動を通して歴史的に組み替えられていくのである。」と述べています。しかし残念ながらサーリンズは、クック殺害以降イギリスやアメリカ合衆国の政府によって植民地化された際のハワイにどのような世界観や社会構造の転換があったかについては言及しておりません。
時代や形式にズレがあるとはいえ、私は同様の島国文化を育んできた琉球王国とハワイ王国-引いては日米の植民地支配下に置かれた近代以降の沖縄県とハワイ州の間に類似した文化交錯の構図を想定することは大いに可能だと考えています。ニライカナイは将に異邦の要素を自分たちの文化秩序に組み込みつつグローバルな時代の流れに適応せんとする今日の沖縄の人々の歴史的な企図を意味づける上で、誘導的なパラダイムになり得るのではないかと考えます。また、太平洋上にあって長らく孤立していたハワイとは異なり、東アジアと東南アジアを結ぶハブとして古くから交易と外交の中継を担ってきた琉球は、「在来の力」と多様な「外来の力」の狭間でその文化と歴史を刻み出してきたといえるでしょうし、今日でもそうした「混交性」に満ちた文化史を紡ぎ出しているといえるのではないかと思います。
で、ニライカナイそのものの象徴性に話を戻しますなら、これを琉球では(でも)未だ根強い風水信仰に照らして考えてみると興味深いことが解ってきます。即ち「ニライカナイの方位性」を考えてみますと、「遥か遠い東」を指していて、この場合の「東」は、より正確には巽の方角とされる東南を指し、この方角に向いて開かれた島世界のシンボリックなゲートを「ニライ門」ということ等が、現地調査から解ってくるのです。そしてこの巽の方角が「命と豊穣の源」と定められており、年の節目節目(例えば正月やお盆)にはこちらの方角から神や祖先の霊がやってきて加護・豊穣をもたらし、またこちらの方に戻っていくと信じられています。「イチミ(生身)」と地元では称される生者たちの魂もまたニライカナイより生じ、死者たちの魂はニライカナイに戻るとも考えられており、琉球では概ね死後7代にして死者の魂は親族の守護神になるとされています。そして「グソー(後生)」にも相当するニライカナイにおいて、祖先の霊は守護神へと再生するものと古くから信じられてきました。
「神界」であり「霊界」であり、また「楽土」でもあるこのニライカナイを民俗学者の柳田國男はその著『海上の道』(1961刊)において日本本土の信仰に観られる「常世国」に相当していると述べ、また日本神話に度々出てくる「根の国」と同一の概念だと指摘しています。一方、「琉球神道」という、王国時代に国教として整備され、現在でも民間信仰としてその展開が観られる琉球列島固有の神々信仰には、このニライカナイと並んでオボツカグラという他界概念が存在し、これは「天空界」と捉えられています。ニライカナイが神と祖先と今を生きる者たちの絆を象徴する庶民的な時空であるのに対し、オボツカグラというのは天界と王位の絆を象徴する権威的な時空概念ということができ、柳田國男の弟子でもあった折口信夫によれば、「水平の他界」であるニライカナイと「垂直の他界」であるオボツカグラが対になって王国時代の他界信仰が成り立っていたということになります。明治の初めに日本政府が行った廃藩置県とこれに伴う琉球処分により琉球王国が滅ぼされた後、オボツカグラ信仰が一般庶民の間で薄まっていたことは想像に難くないでしょう。私のフィールドにおいても、誰でも知っているニライカナイに対し、オボツカグラについて知っている人は、「聞いたことはある」というほんの一部の長老とノロ(祝女)という祭祀を司る家系のインフォーマントを除いて全くおりませんでした。
また、ニライカナイの方角とは真逆の西北(乾)の彼方には「魔界」があると信じられており、生命界ないし島世界は、こちらの方角からは堅く閉ざされている必要があります。一方、東西ラインを軸に巽の対極となる東北(艮)の方角に向いては鬼門が想定され、ここから禍がもたらされたり、生命界に生じた禍をここから追い出したりすると考えられているようです。