2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第7回 松岡先生 11月10日 3/5
老いと「輪廻・転生」〜現代インドの一側面
ヒンドゥー教のバックボーンは、現世でいろんなカルマ(業)を我々は負っていくわけですが、それによって輪廻(サンサーラ)が決まっていく。次の世に何に生まれ変わるかが決まるので、現世で良きカルマを積んで信仰心を厚くし、次の世では良きものに生まれ変わることが目標なわけです。ただ、何度も何度も何かに生まれ変わっていくというのは非常に苦痛であるというのがヒンドゥー教の考え方で、最終的にはその輪廻が断ち切られて解脱(モークシャ)を得る、というのが理想となっています。
そして現世では、それぞれに課された自分たちのカーストの規範を守り、主として男性ですが「四住期」という人生の4つの段階を経て死んでいく。レジュメに書いたように、「四住期」とは「学生期・家住期・林住期・遍歴期」です。最後の「遍歴期」は社会を超越する、つまりいろんな自分のしがらみを全部捨てて、自由の身になる、というものです。もうそこまでできれば、完璧に理想的なヒンドゥー教徒の生涯と言うことができます。
これは男性の理想的生き方なんですが、それに対して女性は、その男性に寄り添う形で幸せな結婚をして、子供、特に家を継いでくれる男児を出産する。それから夫がずっと長く生きていてくれるのが非常に幸せな生涯と考えられています。ただ、夫が先に亡くなってしまうこともあり、そうなると未亡人生活に入ります。この未亡人生活が男性でいうと遍歴期に相当するもので、もう後は夫の菩提を弔って、お経ざんまいに明け暮れる。その後亡くなって夫のもとに行く、それが理想的な女性の生涯と考えられています。そして、夫が亡くなって以降は、何事も子供に従うわけですね。
こういうヒンドゥー教徒の老年の姿は、映画にもよく登場します。日本でもよく知られたサタジット・レイ監督の『大地のうた』(1955)と『大河のうた』(1956)という作品がありますが、『大地のうた』には、主人公オプー少年の家に親戚のおばあさんが同居して老後を過ごしている様子が出てきます。また『大河のうた』では、オプー少年一家はベンガルの村からガンジス川のほとりにある聖地ベナレスに移住するのですが、そこでも未亡人たちにバラモンであるオプーの父が説話をしたりするシーンが出てきます。また、父が亡くなるシーンもあって、仏教で言う末期の水として父に飲ませるため、オプーがガンジス川の水を汲みに行ったりします。
この両作品もDVDが出ていますので、よかったら見てみて下さい。

大地のうた 大河のうた 家族の四季

それから、娯楽大作『家族の四季 愛すれど遠く離れて』(2001)の中でも、主人公一家の父方と母方両方の祖母が未亡人になり、聖地ハリドワールの未亡人の人たちが暮らす施設に住んでいる、という描写が出てきます。2人とも毎日お経を読んだりお祈りしたり、そこに巡礼にやってくる人とかお参りに来る人のお世話をしているのです。主人公は大実業家の一家なんですが、祖母2人はこういうヒンドゥー教徒としての理想を追求する生活をしているわけですね。

こういう考え方のヒンドゥー教徒が人口の8割を占めるインドですが、それでは現在の高齢者の状況と対策はどうなっているのかを見てみたいと思います。レジュメにも書いたように現在の特徴としては、高齢者の多くがやはり農村部に住んでいます。それは全体の人口の割合が農村在住者の方が倍くらいになるからで、高齢者も同じように農村部に7割、都市部に3割という形になります。
それからやはり女性の高齢者が多いですね。インドの年齢別人口分布図がネットにあったのでアドレスを付けておきましたが、ちょっと分かりにくいんですけれども、女性の方が男性よりも1%ぐらい多くなっています。


(チェンナイで出会ったチャーミングな老婦人。赤いサリーが似合っていた)