2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第7回 松岡先生 11月10日 5/5
老いと「輪廻・転生」〜現代インドの一側面
自宅のある人は暮らす場所も確保されているし、自宅の一部を人に貸して家賃収入を得たりして何とか老後を暮らしていけるわけですが、借家住まいの人とか、もともとスラムで暮らしていた人とか、そういう人たちが年を取ると無料の老人ホームに入ることになります。政府と民間、両方ありますが、身寄りのない人向けとか、男性60歳以上、女性なら55歳以上が入れるとか、いろんな条件があるものの、そこに入って暮らすことができます。
こういった終身型老人ホームは、民間のものも多いです。イギリス時代からいろんなチャリティ団体が活動していたこともあって、キリスト教系のチャリティ団体などが老人ホームも運営しています。例えば、キリスト教のシスターであったマザーテレサはご存じだと思いますが、修道会のシスターたちはコルカタ(旧カルカッタ)をベースに世界中で奉仕活動しています。コルカタには、名前はあまり良くないんですが、「死を待つ人の家」というのがあります。路上生活をしていたり、病気で身動きが取れなくなった人などを救済して、この「死を待つ人の家」に収容するわけですね。路上生活ですから体が汚かったりするんですが、きれいに拭いてあげて清潔な衣服を着せ、ベッドに寝かせて毎日食べ物をあげたり点滴をしたりします。回復すればいいのですが、結局多くの人がここで亡くなってしまいます。そういう形の収容施設もあったりします。
キリスト教以外にも、ヒンドゥー教、イスラム教などのコミュニティの老人ホームがあって、身寄りのない人の受け皿となっています。
それに対して最近増加傾向にあるのが、収入に基づいて入居できる老人ホームです。お金がある人たちが自分で費用負担する、という形のものですね。認知症の人に対応するとか、ターミナルケアもやっているとか、さまざまな対応ができるようになっています。
政府もそういう各種のホーム建設を推進したりしています。ネットには、人々の手と手を結び合って、老人なんだけど元気でやっていこうという形のサイトが幾つもできたりしています。中には非常に豪華なホームもあったりして、大金持ちの人が自分の両親を入れるのかしら、と思ったりします。
昔は、それほどの年ではないのに老人然とした人が多かったインドですが、最近は高齢者で元気な人も多くなりました。昨年の夏頃、日本でマスターズの陸上競技大会があったのですが、それにインドから116歳の選手が参加する、というので話題になったことがあります。シク教徒の男性ですが、本当に116歳なのかと疑われ、問題になりました。その選手は結局日本に来なかったので、本当のことはわからずじまいでしたが。
高齢者でも皆さんそれぞれ体に気を付けていて、私の知人のお父さんは、大敵は糖尿病だと言っていました。お金持ちはいっぱい食べて太っているので、糖尿病になりやすいのです。インドの都市に行ったりすると、朝早くから公園にお年寄りの人が次々とやってきて、ジョギング、あるいはウォーキングをする姿が目に付きます。ただ、公園にやってくるのには、高級乗用車を使ったりするんですね。家からは歩いてこないで、乗用車にふんぞり返ってやってきて、公園の中をちょっとうろうろっと歩いてまた車で帰る。面白い風景だなと思って見ていたことがありました。
ほかに、ムンバイの海岸に行ったりすると、毎朝ラーフィング・ヨガ(笑うヨガ)のクラスを見かけたりします。笑うのは非常に体にいいというわけで、面白くなくても高らかに笑え、というわけです。ムンバイの高級住宅地に近いジュフー海岸などに行くと、ご老人が7、8人集まって輪になり、「わーっはっはっは」という風に笑っているのを目にしたりできます。
というわけで、インドでもみんなそれぞれに自分の健康に気を付けて、長生きをしたいと望んでいます。だけれども、死んだ後はもう神様に任せてしまう。もしかしたら、輪廻・転生するかもしれないので、そういったところで心の平安を得つつ、皆さん老後の生活をしていらっしゃるという感じです。