2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第8回 松岡先生 11月17日 2/5
香港の「長者」ライフ 〜返還が保障した老後〜
今日は香港の高齢者問題のお話をしたいと思いますが、最初にちょっと香港の地図を見てみましょう。香港は香港島と九龍半島、それから新界(ニューテリトリー)という3つの部分に分かれています。その北は中国の広東省です。
香港は長い間、1997年までイギリス領だったわけですが、それはイギリスとそれから当時の中国、清(しん)との間に阿片戦争が起こり、その結果イギリスが勝って自国の領土にしてしまったことによります。1841年の最初の阿片戦争でまず香港島を永久割譲させ、続く1856年の第2次阿片戦争の時は九龍半島を永久割譲させます。さらに、もう少し広い土地が欲しいと思ったイギリスは、清と交渉して九龍半島の北側の新界という広い地域を、99年間租借したいと清に申し出ます。租借、つまりレンタルですね。99年間の期限なんて、当事者は死んでしまい、憶えている人もいなくなるであろう期間ですから、半永久的レンタルと同じで、実に狡猾な申し出ですね。
その後1911年に辛亥革命が起こり、翌年に清は滅亡してしまいます。中華民国が樹立されるわけですが、1930年代には日本が中国大陸を狙って派兵し、さらに1941年の太平洋戦争勃発後は日本が香港を占領します。日本敗戦後の1945年に香港は元のイギリス領に戻るわけですが、中国本土では国共内戦、つまり国民党と共産党の主導権争いが起き、共産党が勝利して1949年に中華人民共和国が成立します。
こういった混乱が起きるたびに、中国大陸から人々が香港に逃げて来るようになります。こうして香港の人口は増加の一途を辿り、現在の人口は723万4,800人となりました。すごい人口密度で、1平方キロに6,544人と、日本の2倍ぐらいになります。中華人民共和国成立以後もプロレタリア文化大革命などが起こって、そのたびに香港に人が逃げてくるわけですし、ごく最近では、経済発展した中国から、さらに贅沢ができる香港へと移住してくる人も多くなっています。
香港が中国に返還されたのは1997年ですが、その返還を中国とイギリスとで決めた1984年の合意文書には、「一国二制度」「高度な自治」「50年間香港の体制は不変」といったことが盛り込まれました。とはいえ、現在この合意がだんだん形骸化していっていることは、皆さんもこの間からのニュースでご存じだと思います。香港特別行政区の長官選挙を巡って、問題が起きているのですね。中国寄りの新しい選出方法に反対する人々が香港の中心街に座り込んでいて、今膠着状態になっています。
この香港の歴史を踏まえて、高齢者福祉政策がどう変わっていったのかをちょっとお話ししようと思います。まず返還前ですが、実はイギリスは高齢者福祉政策というのを何もやらなかったんですね。自分たちでそれぞれケアしなさい、というのがイギリスの方針でした。ですので1970年代ぐらいまでは、チャリティ団体、特に西洋のチャリティ団体を中心に高齢者のケアがなされていました。この頃まで高齢者の人口はあまり多くなかったのですが、参考文献2.の「香港の高齢人口と高齢化率の推移」というグラフを見ていただければわかるように、1980年代、さらに返還後はどんどん高齢者が増えていっています。
レジュメに戦後香港の高齢者福祉政策の歩みを書いておきましたが、問題なのは、70年代、80年代に香港は飛躍的な繁栄をしていくものの、大金持ちになる人がいる一方で、貧しいままで取り残される人も多くなってくるんですね。特に中国大陸から難民としてやってきた人たちは、中には経済的に成功した人もいますけれども、最低限の生活しかできない人たち、最低限の労働者として働くしかない人たちが多かったのです。そういう人たちが高齢者になると、どこにも行き場がない、ということがだんだんと顕著になってきます。
1989年には、90年代に向けた社会福祉政策が発表されます。このころにはもう返還が決まっていたので、1997年の返還までに何とか制度を整えておかなくてはいけないということでこういう政策が発表されたわけです。そこで指摘されていたのは、経済格差が広がって、貧困者が非常に増えているということ。つまり、老人問題イコール貧困者問題になっているということですね。とはいえ、政府が枠組みというか受け皿を今から作るわけにはいかないので、とりあえず基本理念としては、それぞれのご家庭で面倒を見て下さい、それから社区、コミュニティで皆さんお互いに面倒を見合いましょう、ということが打ち出されます。そして、社会保障制度とかソーシャルワーカーといったものがすごく不足している、ということも問題点として挙げられました。
1992年には、最後の香港総督(イギリスから派遣された最高責任者)のクリス・パッテンが赴任してきます。90年代に入ると、香港はさらに経済的に豊かになっていくのですが、今にして思うと最後の輝きと言えるかも知れません。返還が迫ったので世界中から注目されて観光客もすごく増えますし、税収も増加して政府の資金が潤沢になります。パッテン総督は、97年以降制度が変わらないんだから、ここでがんばっていろんな制度をつくっておこう、ということで高齢者福祉サービスの改善なども積極的に進めていきます。