2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第8回 松岡先生 11月17日 2/5
香港の「長者」ライフ 〜返還が保障した老後〜
レジュメの1994年の所に書いたような、種々の福祉政策の企画を一本化するとか、2億香港ドル(約26億円)の高齢者サービス基金を作るとか、住宅、社会保障、社区支援サービス等々、いろんなサービスを改善していきます。この時に、こういった老人福祉の対象年齢は65歳からに、という方針が出てきます。60歳から64歳までの人は、何か必要性があってそれが証明されればサービスが受けられる、ということも決まります。駆け込みなんですけれども、返還直前にある程度、老人福祉が整備されていくことになりました。
返還直前の老人問題を扱った映画があります。1995年に作られた『女人、四十』という女性監督アン・ホイの作品ですが、姑が急死したあと舅が認知症になってしまい、その介護をしていく主婦兼会社員の女性が主人公です。こちらの作品ですので、よかったら見てみて下さい。

女人、四十。

1997年の返還の直後には、香港をアジア通貨危機が襲います。通貨が大暴落してしまって、香港経済は非常に大きな打撃を受けます。それもあって、1997年以降の香港は、旺盛な中国経済の中にのみ込まれていくことになってしまいました。今は、中国経済のおかげをこうむりながら発展を続けていく、という構造になっています。
高齢者福祉政策の方は、返還後は社会福祉と生活保護という二つをセーフティーネットにして、高齢者を助けていこうということになります。社会福祉では、公共福利金計画ができ、生活保護では総合社会保障援助というのができます。ただ、生活保護の方も高齢者の需給が非常に多い。給付額は個々人で違うのですが、生活保護を受けてしまうと、公共福利金を受け取ることはできません。どちらか多いほうを選択していくことになります。
前回お話ししたとおり、香港では65歳以上は「長者」と呼ばれるのですが、まず65歳になると長者カードがもらえます。日本の普通の銀行カードみたいなあんなカードなんですが、顔写真と生年月日が入っている磁気カードで、いろんなものがそれで判別できます。それを見せる、あるいはそのカードでピッ!とすることによって、いろんな優遇政策を受けることができるようになっているわけです。
それから公共福利金のうちの老人生活手当は、俗称で「生果金(サンコウカム)」、果物代と呼ばれています。香港の人って、あだ名を付けるのが好きなんですね。さっき出ました最後の総督パッテンは漢字で書くと「彭定康(パン・ティンホン)」となるのですが、このパッテンさんは太った人だったんです。ですので誰もパッテンとかパン・ティンホンと呼ぶ人はいなくて、「肥彭(フェイパン)=太っちょのパン」と呼ばれていました。新聞やテレビは一応「彭定康」と書いたり呼んだりするのですが、人々は「フェイパンがまたこんな政策出して」とか、「フェイパン、でもよくやってるよ」とか言うんですね。そういう風に、香港の人たちは関西の人と似ているところがあって、人生、笑ろうてナンボとばかり、何かにつけて冗談みたいなことを言うのが好きですね。
それで、老人生活手当、俗称「果物代」の支給を毎月受けるためには条件があって、香港の市民権を取って7年以上たつこと、申請前の1年間継続して香港に住んでいることがチェックされます。これは香港返還の前に海外に移住した人が多かったことによる条件で、 お金持ちの人はみんなカナダ、アメリカ、オーストラリアなどに身内が移民しているんですね。香港の市民権は持っているけれども、住んでいるのはカナダ、というような場合は受給できないわけです。
それから持っている資産や、月収の上限条件があります。単身の人ですと資産の上限は19万3,000香港ドル(約260万円)で、それぐらい資産があれば支給されません。
もらえる金額は毎月2,285香港ドル。これが現在の額です。大体3万円ぐらいですね。3万円だと香港とはいえ暮らしていけませんが、ひと月の食費ぐらいにはなるかなという感じです。自分の家を持っている人は、こういう収入があれば生活が少し楽になるというものです。足りない分は皆さん何か仕事をして収入を得ています。
ただし70歳以上になると、資産、月収に関係なく、ひと月に1,135香港ドル(約1万5,000円)の高齢者手当が平等に支給されます。もちろん老人生活手当をもらっている人はもらえません。