2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第5回 関谷先生 10月20日 5/5
老若男女が楽しむ中華圏のポップス
台湾語で作られたということは、台湾に広めるために作った曲です。このメロディを小さな楽隊を組んで、多くの映画館の前で演奏させたので、この曲は台湾中に広がったと言われています。
そして、コロムビアレコードの専属歌手であった純純(チュンチュン)という、この時代の台湾ポップスの人気歌手ですが、1932年に歌を吹き込んで大ヒットさせました。

(視聴)

この曲は「桃の花が泣く血の記」と訳せますが、1931年に上海で公開された映画のタイトルですね。
阮玲玉(ロアン・リンユィ)という上海で活躍した女優さんが主演。ストーリーは、お金持ちの男性と貧しい女性の恋愛物語です。この二人は幼なじみでしょっちゅう会っていたのですが、結婚は男性のお母さんが許さない。でも女性のお腹の中には男性の子供がいました。それで彼女は産んで育てようとするのですが、あまりにも貧しくてどうしようもなくなり、どこかのお金持ちの男の人に身を委ねなくちゃいけなくなりそうになったり、病気になって死にそうになったりしましたが、最後は男性の強い意志でお母様を説得して、ハッピーエンドで終わるというストーリーです。
そして、聞いていただいた主題歌が台湾の最初の曲だとずっと思われてきたのですが、何と今から5年前にもう1つ、1929年にコロムビアレコードから出たアルバムが見つかったんだそうです。そのレコード盤には流行歌と書いてあったので、こっちが最初じゃないのかということになりました。で、さっき聞いていただいた曲が最初のポップスじゃなくなっちゃったのかとも言われましたが、一番最初にヒットした曲であることは確かだと思います。
この5年前に発見された29年の曲というのが、日本語に訳すと「黒猫行進曲」。ただこのレコードは詳しい資料がないのと、ポップス定義である、作詞作曲をした人のクレジットがないんです。ですので、ポピュラー音楽と言っていいんでしょうかということは、まだ判明していません。では、「黒猫行進曲」を。

(視聴)

これが、今では台湾の最初の曲ではないかと言われています。さっきの曲を聞いて、これを聞くと、同じ流れ、雰囲気を感じます。当時の台湾のポピュラー音楽としては納得がいくものであるかと思います。
次回はこの後、1930年代。これが台湾語ポップスの黄金期のお話をします。聞いていただいてどうもありがとうございました。お気をつけてお帰りください。