2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第11回 土佐先生 12月08日 1/7
韓国は敬老社会か?
まずお聞きしますが、韓国に今まで旅行したことがある方は、どのぐらいいらっしゃるでしょうか?だいたい半数以上の方は経験おありのようですね。最近はドラマも含めて、韓国についての情報が多くなっていますので、皆さんご自身ですでに韓国というのはこういうところだというイメージをお持ちじゃないでしょうか。
その中に、韓国にはいわゆる儒教の伝統が生きていて、老人を大切にする社会だというイメージもあるようです。それはあながち間違ってはいませんが、本当にそうなのか。いわゆる敬老社会であるという見方が、韓国の今、そして明日を正確に映しているかどうか。今日はこんなところから始めて、韓国で今胎動しつつある、新たなライフスタイルといいますか、シニア文化みたいなものについて少しご紹介できればと思います。
最初に結論から言いますと、韓国と日本というのは、やはり良い意味でも悪い意味でもよく似ていて、日本にとっていろんな意味で参考になる社会だといえます。ただし、韓国の特徴として変化が速いため、一見すると日本と違うように見えます。でも、それは、変化の度合いが激しいだけで、変化している方向、あるいは変化の仕方というのは、実は同じなのです。それを念頭に入れながら、これからの話を聞いていただくと、分かりやすいのではないかと思います。
まず入口として、先ほど申し上げた、韓国は敬老社会かどうかということですけれども、例えば韓国で電車とかバスに乗ると、若い人が老人にパッと席を譲る光景を今でも見かけることができます。あるいは、お酒やタバコのマナーとして、年長者や老人の前では若者は煙草を吸わないとか、お酒を飲む時も顔を背けて飲むとか、そういう作法が生きています。ですから、やっぱり儒教精神が韓国には今でも生きていて、老人を大切にする、年長者を大切にする文化なのだなという印象を受けます。それは、あながち間違ってはいないのですけれど、あまり日常化されていない一つの象徴的な所作や価値に過ぎないという見方も可能です。
現実に老人は社会の中で優遇されているか、大切にされているかというと、どうもそうはいかないというのが、長年韓国を見てきた正直な印象、感想です。それには、いろんな背景や歴史があるというのが、今日の話です。
もし今度ソウルなどに行かれる機会があったら、ぜひ公園に行ってみてください。これは私が自分で撮った写真ですけれども、都市ではこういう風景をごく日常的に見かけます。ここはソウルのパゴダ公園という非常に有名な公園のすぐ横にある、宗廟(チョンミョ)という場所の風景ですけれども、特に平日の日中ですと、もうほぼ100%老人ばかりで、中でも圧倒的に男性同士がこうやって集っている風景が目立ちます。そこで韓国の将棋をやっていたり、花札に興じていたりするわけです。
これは要するに、暇つぶしですよね。やることがないので、老人がこうやって公園に集まっては、日がな一日こうして時間を潰している。どうして、こういう風景が生まれたのか。その背景が先ほど申し上げた、非常に速い社会変化というものです。話を単純化して言いますと、1960年代までの韓国というのは、実はまだかなり貧しい農村社会でした。人口の約7割は農村に住んでいて、4割がいわゆる絶対貧困層と言われる人々でした。今の朴槿恵大統領のお父さんの朴正煕大統領による、いわゆる軍事独裁という形の非常に強いリーダーシップにより国家主導の経済成長を成し遂げた20年間、それが今の韓国を作っているわけです。その結果、80年代初頭には7割が都市に住み、5割以上が中産層と言える人々になっていくという激しい変化を実現しました。
良い面だけとると、いわゆる「漢江(ハンガン)の奇跡」といった称賛の対象となりますが、当然それはいろんな副産物を伴っているわけです。もともと韓国は農村社会だったわけですが、農村の中で培われてきたいろいろな習慣であるとか、生活様式を全部壊してきました。その結果、都市に行くと高層アパートばっかりの画一的な生活になってしまうので、この同じプロセスを伝統文化の破壊という視点から見ることも可能です。でも、そういう見方というのはあまりなされなくて、自分たちが豊かになった成長の歴史として捉える視線が主流だといえます。
こうした大きな流れが、韓国でどのような社会的文化的な現象について考える時にも、大前提になります。肯定的に見るなら、非常に豊かな生活を築いてきた成功の過程ですけれども、別の面から見ると、いろんな問題や矛盾が含まれているということです。その一つが、高齢化という問題です。