2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第12回 土佐先生 12月15日 1/5
韓国映画に見る老いの意味
前回の要点を繰り返します。韓国はいわゆる儒教社会であり、老人を大切にする伝統文化を持っていましたが、急激な社会変化の中でそうした価値観が時代にマッチしなくなり、老人の地位というものが下落しています。儒教的な価値観も完全に消えたわけではないし、かといって新しいライフスタイルが定着しているわけでもなく、新旧の価値観が入り乱れたり衝突したりしている、そういう状況です。
そういう中で、人はいかに生きいかに死ぬべきかという、いちばん基本的な問題までが揺らいでいるわけです。揺らいでいるということは、新しい実験が出てくる前提でもありますから、文化的表現を見るとある意味でむしろ日本より進んでいるという面もあります。
そういう視点から、アジアで大きな人気を得ている韓国ドラマの特質を捉えることも可能です。実は日本で受ける『冬ソナ』のようなドラマと、アジア諸国で受けるドラマにはかなり傾向の違いがあります。それは、急速に発展を遂げる中で、韓国が先進国とアジアの中間というか、媒介的な位置にあることから来るものです。そうした韓国の立ち位置が一目で分かるグラフとして、私よくこれを引用します。これは、『国連世界都市化予測』をもとに李海峰氏が作成したものです。前回、1960年代から都市化や産業化が始まって、80年代までの20年間で韓国社会が急変したという話をしましたけれども、そのことが非常によく表れているグラフです。
縦軸は都市人口の割合を示しているわけですが、いわゆる先進国ではだいたい1950年代ぐらいまでに半分以上の人口が都市に住むようになり、その後は比較的安定しています。アジアは今、急速に都市化と産業化を進めており、これが21世紀のいつか交わってくるわけですが、韓国はその先駆けとして、ちょうど両者を繋ぐ位置にあります。さらに、変化の速度が速いので、一方でまだ農村的伝統も消えておらず、他方で非常にハイパーモダンな都市文化もあるという状況がこのグラフから直感的に伝わってきます。両者が同居しており、それは葛藤の元でもあるけれど、ある種の個性でもあり、少なくともアジアの多くの国々にとっては、これはお馴染みの状況なのです。
以前に日本の『おしん』というドラマが、アジアの多くの国で大きな人気を呼んだ現象も同じ視点から理解することができます。『おしん』も昔の貧しかった日本と、そこから這い上がって豊かになる日本と、その両者が描かれています。韓国ドラマと同じ構造を持っているわけで、それがアジアのオーディエンスに受ける一つの秘訣です。今日の日本のいわゆるトレンディドラマには、もう泥臭い伝統とか農村的なライフスタイルが抜け落ちてしまっていて、都市的なものだけが孤島のように描かれています。そういう世界は、アジアの多数にとっては、あまりリアリティがないのです。
韓国のドラマには、必ずといってよいほどその両方の世界が描かれています。たとえば、『愛が何だ』というドラマがあります。これは1991年から92年まで韓国で放映された全55話の連続ドラマで、60%を超える視聴率を誇った歴代有数の人気番組でした。まだ韓国ドラマが流行る前でもありますし、輸入されなかったこともあり日本ではほとんど知られていません。しかし、もっと大きな理由は、そうした内容が今の日本人にはピンとこないからです。
内容は、一言でいえば伝統とモダンの衝突ですが、二つの家族の対立が描かれています。一方に非常に封建的な家族があり、昔ながらの練炭オンドルの家に住んでいて、家具や生活スタイルも伝統風を固持しています。もう一方にモダンな家族があり、豊かで洋風の生活スタイルが強調されています。そして、封建的な教育を受けた長男とモダンな家で育った長女が結婚し、男の家に同居する羽目になってさまざまな騒動が起きるわけです。たまたま両家の母親同士が女学校時代の同級生だったわけですけれども、仲が悪いのでさらに話がややこしくなります。同じ国に生まれ育った二つの家族ですが、男尊女卑的な家族関係と平等な家族関係が絵に描いたように対立する様子がコミカルに描かれ、大きな人気を博しました。そこにはドラマとしての誇張があるわけですが、それを支える歴史状況というものが重要です。このドラマは日本には来ませんでしたが、中国では97年に放映され大きな人気を呼んで韓流の先駆けとなりました。