2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第12回 土佐先生 12月15日 3/5
韓国映画に見る老いの意味
2本目の映画は、『牛の鈴音』という2009年のドキュメンタリー映画です。韓国でドキュメンタリーはあまり人気がないのですけれども、これも地味な作品ながら口コミで広がっていって、ヒットして社会現象にまでなりました。年老いた2人の老夫婦が牛を使いながら農作業をし、生活する様子を、ドキュメンタリーとして淡々と撮った作品です。牛も非常に年老いていて、夫婦はその牛を家族のように大事にし、一緒に暮らし、最後に死を見取るまでが描かれます。
ある意味で自然と一体化した牧歌的な風景ですが、これもまた決して美化されてはいません。一緒に暮らすおばあさんは、おじいさんと牛の関係に辛辣な口調で毒づいてばかりいます。子供は都会に出て仕事しており、一緒に暮らしてはいません。昔ながらの自然農法で生きていますが、跡を継ぐ人は誰もおらず、この2人が死んだらそれで消え去る風景を、淡々と撮っているだけです。



ご覧いただいた日本向けの予告編でナレーションに「老いた農夫と1頭の牛の物語が、韓国映画界に奇跡を起こし、300万人もの涙を誘った」とありましたが、韓国が急速度で高齢化社会に向かっているからこそ惜しまれる物語であるといえます。この映画を撮ったイ・チュンニョル監督は、ぴったりくる老夫婦を探し出し、カメラを回すまで3年ぐらいじっくり時間をかけたそうですが、テレビのプロデューサーとしてすでに実績はあったものの、映画監督としてはやはり新人でした。
2つ目のタイプは、老人の恋愛を対象にした作品です。恋愛は必ずしも若者だけの専売特許でなく、老人にも老人なりの恋愛があることを描いたものです。そうした作品は日本映画やアメリカ映画にも時々ありますけど、描き方が韓国の場合、かなりストレートだといえるかもしれません。
まず、『拝啓、愛しています』という作品を紹介しましょう。もともとこれは、韓国で非常に人気のある漫画が原作で、それを映画化したものです。人気に力を得て、テレビドラマにもなってますから、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。先ほど触れたドラマ『愛が何だ』で封建的な親父の役を演じたイ・スンジェが、主人公を演じています。年老いて牛乳配達をして暮らしているのですが、恋愛に落ちる相手は、ゴミの廃品回収をして露命を繋いでいるおばあさんです。バイクで未明に牛乳配達をする最中にゴミの回収をするおばあさんと出会い、二人はやがて心を通わせるようになります。
いずれも社会の底辺層の人ですが、男には子供もいれば孫もいて、孫娘は公務員をしている設定なので、そんなに惨めな生活ではありません。おばあさんのほうは、いろんな不幸が重なって本当に貧しい一人暮らしを都市の片隅で続けています。文字が読めないので、生活保護を受けるやり方も知りませんでした。それともう1組の夫婦がいまして、そちらの奥さんが認知症で、もう余命いくばくもないというような設定ですが、その2組のカップルが絡み合う様子を描いたドラマです。
都市に暮らし、やはり社会の周辺に追いやられている老人の立場を正面から描いているわけですが、そこに恋愛という要素が入ることで、老人の主体性が前面に出てきます。イ・スンジェは、ドラマや映画で昔ながらの男らしい役を演じることが多く、国会議員にまでなったほど人気のある俳優ですが、その人が妻の亡き後になって孫娘のアドバイスを受けながら、相手に「サランハムニダ」、「愛している」と告白するのです。もともと韓国の儒教的伝統には、相手に愛を告白する文化はありませんが、一方でアメリカ的な現代の価値観に影響されながら、そういう台詞を老人まで口にする傾向が日本より強いといえます。残念ながら最後は悲恋に近い終わり方ですが、老いたふたりが恋に胸を弾ませる様子は、たくさんの韓国人の共感を呼びました。