2014年度 世田谷市民大学 連続講義


「生まれるアジア、老いるアジア」

第12回 土佐先生 12月15日 5/5
韓国映画に見る老いの意味
最後にもう1本、去年韓国で上映され日本にも今年来たばかりの『怪しい彼女』という映画です。70歳のおばあさんが、ある日突然、神秘的な力によって50歳若返るというコメディータッチのファンタジーです。韓国の現代史は激動の連続で、1950年の朝鮮戦争や1980年の光州事件をはじめとして、天地がひっくり返るようなドラマチックな要素に事欠きません。今の老人は、そういう激動をくぐり抜け生き残ることに精一杯で、ろくに青春時代と呼べる時期がなかったという前提があります。70歳のおばあさんが20歳になったことで、今日の豊かになった韓国社会でもう一度青春を取り戻すという奇想天外なコメディードラマですが、とても泣ける映画です。この半世紀の韓国社会の発展が当時の音楽やファッションとともに巻き戻すように回顧され、家族のため国家のために自分を犠牲にしてきた老人の人生の意味が問い返されます。スクリーンにあらわれるのは、ほとんど若返った姿ですから、老人が主人公になったとはいえない面もありますが、それでもこのドラマの遠近法を支える中心には、紛れもなく今日の韓国に生きる老人がいます。



この6本で、韓国における老人の現実と、現実との格闘から生まれてくる新しいシニアスタイルみたいなものが、すべて尽くされているわけではありません。しかし、これでもある程度の広がりが掴めるのではないかと思います。1990年代までなかなかそういう映画はなくて、21世紀に入って急に現れた限られた実例ですが、けっこう個性的なバリエーションを見せていると思います。
最後に、現実にもう一度戻っておきましょう。こういう映画が生まれてくる背景としての現実です。日本から見ると、とても厳しいものに思えますが、それは決して日本に無縁の要素でなく、日本にも同じ傾向がありながら韓国はより凝縮したかたちで表出しているので、同じでありながら違って見えるだけのことです。そのことを確認するため、3点だけ日韓に共通する傾向を取り上げます。
1番目は年金をはじめとする収入保障といわれる問題です。先週ご紹介したグローバル・エイジウォッチ・インデックス(高齢者観察指数)では、日本は全体の9位、韓国は50位でした。その中で収入保障、つまりどのくらい収入の安定性が保障されているかという指数を見ると、韓国は80位で非常に低い。しかし日本も収入保障だけを見ると31位で、そんなにすぐれていないのです。健康や医療などの指数がすぐれているので、全体の順位が押し上げられていますが、経済的な条件の劣悪さは似たり寄ったりです。消費社会に住む老人に収入保障が限られているということは、それだけ生活の選択肢が狭まるということです。今のところ、年金制度だけを見ると日本のほうが韓国よりずっと恵まれていますが、高齢化とともに国家財政に重くのしかかる負担をどう社会全体で支えていくかという課題は、両国とも頭の痛い問題であり続けるでしょう。
2番目に、高齢者の犯罪率の高さです。これは、収入が安定してないという今の問題とも関わっています。『中央日報』(2014年10月14日付)の記事によれば、60歳以上の高齢者犯罪者は19万2,927人で、全体犯罪者の8.1%にもなります。内訳としては、初犯で生活困難による生計型犯罪が多いとのことです。この傾向は日本も全く同じです。警察庁の統計によれば、刑法犯で高齢者が占める割合が年々増えてきて、平成25年の数字でいうと17.6%にもなります。全体として若者の犯罪がどんどん減っているのに対し、高齢者の犯罪だけが増えています。
3番目に、自殺の問題です。韓国の自殺率は、今世界のトップレベルですが、日本もTOP10に入る高水準を維持しています。その中で、高齢者の自殺が非常に多いのです。『中央日報』(2012年9月11日付)によれば、韓国で高齢者の自殺率は10万人あたり81.9人で、全体平均の2.4倍です。日本はこの記事では17.9人となっていますが、これも高い数字です。日本の特徴として、自殺者の約4割が高齢者だといわれています。うつ病が大きな原因で、自殺者の多くは一人暮らしではなくて、実は家族と同居しているということです。
このように、日韓の高齢者を取り巻く現実には、非常に厳しいものがあります。社会の成長の早さと高齢化のスピードが手を携えてきたからで、そこには当然の帰結として深刻な副作用が含まれているわけです。その深刻さは、韓国のほうが際立っていますが、このことと韓国のドラマや映画にドラマチックで実験的な作品が目立つ傾向には、密接な関係があると私は思っています。韓国は、日本を上回る速度で高齢化している社会ですが、そこには急速度で発展したということと、それと同時に、それだけ速い速度で社会の矛盾が深刻化しているという両面があるということです。ここに、実はドラマが生まれる一つの根本的な条件があると思います。平和でのほほんとしている社会には、ドラマは生まれにくいのです。日本も、特に戦前までは決して平和でのほほんとした社会ではありませんでしたが、少なくとも戦後の日本は、比較的ゆったりとして安定した社会建設を経てきたので、韓国が非常に違うように見えることもあります。でももっと俯瞰的に眺めれば、実は非常に似通った社会だと再発見できるはずですし、そこにお互いの経験を共有し学び合う余地が生まれると思います。